第2話(2)
一限目終了を告げるチャイムが鳴り響くと同時に、私は席を立った。トイレではない。数分ほど時間をつぶしてから自席に戻ると、教科書五冊が丸々返却されていた。ため息をつく。はじめからこんなことをやらなければいいのに。
私は彼女がいるであろう場所に、ちらりと首を向けた。
(――藤野さん)
彼女は冬夏くんに好意を抱いている。もちろん、恋愛的な意味で。中等部時代からの片思いらしい。
『あんた、冬夏くんと距離が近すぎるのよ!』
入学式から八日後。初対面でそんなことを言われ、思考が停止した記憶がある。彼女は顔も、成績もそれなりにいいと伝聞していた。けれど、この性格だけは予想できなかった。
隣の席だし、委員会も同じなのだからよく話すのは当たり前だろう。理不尽なクレームに私は思ったままに返した。
『ご自身がアタックがうまくいっていないのか、それ自体できていないのかは分かりません。ですが、私に八つ当たりするはやめてください』
どうも、この発言がプライドを傷つけたらしい。
その日から藤野さんと、彼女の取り巻きによる地味な嫌がらせが続いている。移動教室の場所を教えなかったり、プリントが回ってこなかったり。今日のように教科書を隠されたのは初めてだったが大方、彼女たちの仕業だろう。なぜ、そういうことをしたら冬夏くんに話しかける機会が増えることまで考えが及ばないのだろうか?
昼食時、購買で冬夏くんへのお菓子を買っていると「日鞠さん」と呼び止められた。間違いであってくれと願いながら私は彼女の名前を呼んだ。
「藤野さん、ですか?」
「あら、まだ名前を憶えてなかったの? 残念だわ」
安心してほしい。しっかりと性格と名前と声がリンクして記憶に刻まれている。一刻も早く会話を終えたい気持ちを飲み込み、平常心を保って問いかけた。
「ご用件は?」
「少し用があるの。放課後、時間ある?」
ないです。そう即答したかったがここで断ったら後日同じように聞かれる可能性もある。それならさっさと嫌なことは終わらせよう。その精神で「あります」と返した。
「じゃ、十五時四十五分までに部室棟に来て。誰もいないところでお話しましょ」
――それじゃあ、待っているから。
そんなセリフを残して、藤野さんは去った。重く息を吐いた。
「今日は厄日ね」
購買の熱気に、その独り言はかき消された。
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