第24話

 僕はテーブルに突っ伏すと顔だけを上げて、顎をつけた。ヒマ、なのだ。ピカピカに磨き上げられた焦げ茶色のテーブル。調味料などの備品もほとんど満たされていて、客を出迎える準備ができていることをうかがわせる。

 しばらくその姿勢でぼーっとしていると、彼が清掃から戻ってきた。不思議そうな顔をされたが、僕が立ち上がると案内してくれた。アキナシは、先ほど彼がくぐった白いドアを押し開ける。途端にひんやりとした風が、体を冷ます。真正面に上へと伸びる階段、右には奥に続く廊下、そこの突き当りには別のドアがある。

 アキナシは、雑な動作で靴を脱ぎ、靴箱へしまう。主に倣って、僕もスニーカーを脱ぐ。

 一段、彼のほうが先を歩く。それでもほとんど同時に、階段を踏みしめる音がする。道中、互いになにも話題を出さなかったのは緊張していたせいなのかもしれない。

 二階についた僕の目に飛び込んできたのは、ふたつの部屋のドアだ。そのうちの右のドアノブをひねった。

 入って正面に窓がある。右手には入口に近い順番で学習机、大きめの本棚があった。本棚の下段には、小さい液晶テレビが置かれていた。その対面、つまり左側はベッドが占領していた。掃除したという言葉通り、散らかってはいない。

 軽く室内を見まわし、僕は、


「広いな」


 と感想を述べた。部屋の主と僕が入ってもなお、もう一人は入れそうな広さだ。アキナシは首をかしげながら「こんなものだと思うけど」と返しながら、本棚のうしろから折り畳みテーブルを出した。

 手持無沙汰な僕は室内をうろついていた。机の前で立ち止まっていると、背後から「そこ、日記あるからあまり眺めないで」と慌てたような声が飛んでくる。馬鹿だな、そんなことを言われると余計に知りたくなるんだ。……が、結果はアキナシの勝ちだった。


「そういえばさ」

「ん?」


 缶のジュースを飲んでいると、改まった様子で彼が口を開いた。


「黒色の着物って持ってる?」

「は……?」


 なにを言っているんだ、こいつ。

 そう思ったものの、僕は自分のクローゼットの中を想起する。


「どう、だったかな」


 覚えていない。正直、着られればなんだっていい。着物を選んだのだって、彼女と間違えられないようにするためだけだ。


「そうか」


 僕の返答に、彼は曖昧に笑った。無理矢理に笑みを形作っているような、ぎこちないもの。


「なんだよ、言いたいことがあるならはっきりすれば?」


 眉間にしわを寄せながら抗議する。彼はますます、その作り笑いを深めた。


「……ごめん、俺、きみみたいに強くはないんだ」

「なんだそれ」


 言いたいことを言う。そこにナニカが強い弱いなんて関係がない。だけど、そんな顔を見せられてしまったら何も引き出せなくなる。


「じゃあ、初めから訊くなよな」


 そっぽを向いて、そんな負け惜しみを言った。

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