第23話

 求めていた居場所が目の前にある。遠回りをしたが、喫茶店にたどり着いた。アキナシは慣れたように正面入り口を開錠し、買い物袋ふたつをひっさげて中に入る。僕も続いて入る。

 誰も、いない。シンと静まり返っている。小首をかしげ、あたりを見回す。天井からつるされたランプ、テーブルにソファーや椅子、小物。改めて店内を観察すると、全体的に古い物を使用している印象を受けた。雰囲気としては、彼が立ち止まっていた店に置いてあった物品と似通った感じだ。なるほど、これが、アンティークというやつなのだろう。

 キッチンにある冷蔵庫と向き合っているアキナシに投げかける。


「ほかのやつは、ほかのことやってるって言ってたよな」

「うん」彼は顔だけをこちらに振り向かせた。「両親と病院に行ってる」


 自分の常識からかけ離れた事実に、僕は絶句した。

 同じ高校生の白夜を浮かべる。買い物だって、病院だって、一人で行く。電車やバスを乗り継いで、一人で。買い物なんかに両親が同行、か。


「気持ち悪」


 嫌悪感とともに吐き出した本音に、彼は怒るどころか苦笑いを浮かべた。


「なんにせよ店も開けないんだろ? なら二人きりだな」


 理由はどうあれ、それは嬉しい知らせだった。どこに行っても雑音しかない世界なのなら、今ぐらいは静寂に浸らせてくれたっていいだろう。


「十夜」


 急に、彼は真顔になった。


「誰にでもそういうこと言うなよ。変なヤツが寄ってきちゃうぞ」

「……おまえさ、ゴキブリ口説くの?」

「そうじゃない。けど勘違いする人間ってたくさんいるんだから」


 意味がわからない。返事はせずに肩をすくめるにとどめた。

 それから僕達は無駄な話は一切せず、冷蔵庫に荷物を詰めていった。というのも冷蔵庫を開けっぱなしだと電気代がかかるし、春先とはいえ放っておくと食材が痛みそうだからという合理的な理由だった。さすがにそこまで長話はしないと返したくなったが、家主に従うことにした。

 野菜室にレタスをしまい終え、立ち上がる。


「はっきりさせておきたいことがあるんだけど」


 アキナシの改まった姿勢に、僕も自然と背筋が伸びる。なんだろうか。


「……十夜って男?」


 意味を理解した瞬間、僕は腹を抱えて笑っていた。


「うっそだろおまえ! そんなこと気にする!? しかも今!」

「だ、だって静かに話せるとしたら俺の部屋しかないし! 異性を部屋に招くなんて、その――」


 こちらの笑い声を上回る声量でアキナシが反論する。

 表情筋が裂けるんじゃないかと思うぐらいに笑ったあと、僕は呼吸を整えながら答えた。


「僕は男だ」着物をつまむ。正真正銘、男物だ。「これだってそうだろ」

「そっか」


 どこか安堵したように彼は返事をした。そんな様子にまた笑いがこみあげてくる。


「はーあ、おかしい! おかしいよ。そんな些細なこと、今になって気にするなんて」

「些細なことじゃないって」

「じゃあなんだ。僕が女、って答えてたら接し方を変えたのか?」

「俺が重い物持つとか、歩幅を合わせるとか。それぐらいはするさ」


 目じりにたまった涙をぬぐう。


「男だろうが女だろうが、関係なくするだろ。そういう気遣いは」

「……言われてみたらそうなんだけど」

「で? お前の部屋でもそうじゃなくてもどっちでもいいが、どうするんだ」


 アキナシは目線をあっちこっちにさまよわせた後、こう言った。


「部屋、掃除してくるから、ちょっと待ってて」


 どうやら部屋に招いてくれるらしい。そのまま奥の白いドアを開け、向こう側に行って後ろ手に閉める。

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