第22話
「ところで十夜。カメラアイ、あるいは、瞬間記憶能力って聞いたことある?」
突拍子のない質問に、僕は首を横に振って知らないことを示す。彼は解説してくれた。
「簡単に言うと、見たものを写真のように記憶する能力のこと。SFやファンタジーの話じゃなくて現実の話ね。吉永がそれなんだよ」
それ、騙されているんじゃないか? そう思いつつ、横目で彼の顔を見る。冗談を言っているような顔ではない。
「あ、信じてないなー、その顔。俺も信じてなかったけどさ」
「わかったよ。お前の顔に免じて信じてやる」
どう頑張ってもこの議論は平行線をたどるだろう。とりあえず僕は納得するフリをした。アキナシは満足したように次の話題に移る。
「じゃあ、ええと美術室の講師について」
「なんでそこで講師ってのが出てくんだ」
「必要かなって。もともと有名な大学で講師をしていたらしいけど、引退して去年から顧問に誘われる形で所属しているって話さ。部活間で作品の批評をしたり、部員と美術館に行ったりとしていたって。才能ある黒戸くんは、ことさら目をかけていたみたいだね。今回のコンクールも本人に許可は得ずに勝手にエントリーしたらしいし。まあ、度が過ぎるのも考え物だよね」
「どうでもいい。ほかには?」
僕のリアクションにアキナシは首をすくめた。
「美術部に幽霊が出るって話がある。夕方ね」
「それ、なんの関係があるんだ?」
「さあ。とりあえず同じ美術部で起こってるから興味本位でね。噂はありきたりなものだよ。『黒髪の幽霊が出てきて、夕方から夜の間に絵を描き進めている』、会ったら死ぬとか完成した絵を見たら死ぬとか、そんな尾ひれがついている。噂を嗅ぎつけたオカルト研究部の人達がカメラに収めようと、カーテンを閉め切って夕方だけ動画撮っていたんだって」
「じゃ、前日は?」
「なにも」彼はかぶりを振った。「誰かが侵入した痕跡は一切ない」
「なんだ。役に立たないな」
「そういうなよ。彼らのお蔭で前日の夕方には、なにもなかったってことが証明されたんだから十分だろ」
興味本位な様子で、アキナシは言った。
「十夜、幽霊って信じる?」
「誰が信じるか、あんなもの。自分で説明できない恐怖を幽霊っていう単語でくくってるだけだよ。言葉で暴けば途端に怖くなくなる」
「そういうものかな」
「そうだ。大方、その幽霊の噂も誰か人間が流したんだ。ぜーんぶ、人間の仕業だよ」
「まあ、じゃないと広まらないよね」
「問題はその理由だがな」
言って僕が肩をすくめると、そこで会話は終わった。
それからゆっくり――というわけでもなく、それなりの早足で歩いた。知ったアーケードをくぐると同時に「もうすぐつくよ」と、唐突にアキナシはそう告げた。
僕は懐に入っていたボイスレコーダーを取り出した。それをアキナシに渡す。彼はなにも言わずに受け取った。顔を見なくても聞きたいことはわかる。僕は言った。
「僕は外野だ。当事者が語ったほうが通りやすいだろ」
「じゃあ仕方ない」
意外にあっさりと受け入れた。
「あぁ、そういうのならあいつにませるか。事情は俺が説明するとして……」
なにやら大真面目な顔をして考え始めた彼を横目に、僕はあくびをした。
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