第21話

「それじゃあ、次は黒戸くんが今回、構想していた作品の話からしよう」


 とてもじゃないが犯人につながるとは一ミリも思えない。僕は黙って隣を歩いた。


「今回の作品、白雪姫をモチーフにしていたらしい」

「シラユキヒメ?」

「簡単に言うとね毒林檎を食べて、死んじゃったお姫様が王子様の口づけで目が覚める話さ」


 内容を知らない僕でもわかる。

 これ、だいぶ端折っただろ。


「黒戸くんの人間関係はね」


 面倒くさくなって流したな、こいつ。とはいえ、事件と関係あるとは思えなかったので僕も追及は避けた。


「なんだってそんな些事を知らなきゃならないんだ」

「作品を壊された被害者だからさ。

 高校一年生で有名な賞の最優秀作品に選ばれてる、ちょっとした有名人かな。まず、胡屋先輩と丹先輩は、同じ美術部でかつ同じ美術教室に通っている。

 次に、藤野さん。彼女は同じ美術部で描くジャンルは違うけど、行動は怪しい。そして、鹿束と己家の二人、ここの二人は黒戸くんを妬んでいるという話は数人から聞いた。人間関係はそのぐらいかな。ペンキまみれになったキャンバスは黒戸くんが賞に出す作品だった。駄目になったから今は一から新しいものを構想中だってさ」

「ふうん」


 僕はそれだけ言った。

 思い入れがないのか、亡くなったものに興味はないのか。まあ、どうでもいいし、どれでもいい。僕と彼の人生なんて――一生、交わるはずがない。


「あぁ、気になることがひとつあって。事件から二日後ぐらいかな。吉永と美術室に寄ったんだ」


 嫌なヤツの名前が出て、反射的に顔をしかめる。彼は僕の様子に気づいているのかいないフリをしているのか、平然と話を続ける。


「で、美術室の中を見たら『箱がない』って言いだして」

「なんだそれ」


 我慢して聞いた割にはたいした情報ではない。拍子抜けだった。

 僕は言う。


「二日も過ぎてるんだ。それに当日、掃除したときに退かしたんだろ」


 だが、アキナシは首を横に振った。


「吉永に言われて思い出したけど、確かに掃除中にもその箱はあった。普通の靴箱だったと思う。藤野さん聞いたら『そのままでいい』って言われてさ。確かに箱はペンキも被ってないし、ほかが悲惨だったからそれを優先した気持ちはわかる。だけど、結局誰もその箱に触ろうと――片付けようとしなかったんだよね」

「それのなにが気になるんだ。必要がないから置いておいたんだろ」

「でもさ、掃除の最中に、床にほったらかしとく邪魔だろ?」


 身振り手振りで伝えようとしてくるが、僕の眉間にしわが刻まれるだけだった。アキナシは肩を落とすと、言った。

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