第25話
そのまま僕達は駄弁った。美術室の話題は出なかったけれど、互いの上辺だけをさらって話した。時刻が十七時を回ったころ、ふと外を見る。夕陽が街を染め上げ、静かに沈んでいく。それを眺めていると、不意にアキナシが呟いた。
「危ないから家まで送るよ」
その言葉はなにか決意を秘めていた。それに気づいていないフリをして「別にいいのに」と返した。それでも「送る」と意固地になるものだから、とうとう僕が折れた。
「……ついてきても、特になにも起こらないぞ」
「起こったら困る」
おっしゃる通りで。
時刻は十七時。ここに来たのが十五時半ぐらいだから、結構長居してしまった。行きと違って話しながら、階段を降りていく。一段、また一段と下っていくとどこか冷たい空気が足元に漂う。
一階に降りて、スニーカーに足を突っ込む。意味もなく何度も靴ひもを結びなおした。二人肩を並べて、出口へと向かう。電気のついていない店内は少し薄暗くなっていた。
ドアに近づいて、ガラスをつたっていく水滴に気づいた。
「雨、降ってる」
「ああ、本当だ」
なんて、間抜けな声が返ってくる。アキナシは傘立てからグレーのものを一つ拝借し、空いているほうの手で鍵をまわす。僕はぼぅとしながらその動作を眺めていた。僕に傘はない。濡れて帰るのが目に見えている。止むのを待ったほうがいいだろうか。
いつの間にか彼はドアを押し開け、先に外へ出ていた。傘を開いて僕の顔を見る。それから怪訝そうに首を傾げた。
「送ってくって言ったろ。まさか自分だけの傘だと思ったの?」
そんなひどいヤツじゃないよ俺、と笑って、傘を軽くかかげる。僕は「あぁ」なんて感情のこもっていない呆けた声で返事をした。意味もなく、しゃがみこみスニーカーの靴ひもを結びなおし、顔を上げる。彼は数分前と同じ姿勢で待っていた。
するりと屋根の下から抜け出して、アキナシの隣に並ぶ。質問したそうな顔で彼は鍵を閉め、揃って歩き出す。
大きい傘のおかげか、僕はちっとも雨にあたることはなかった。
急に雨に降られても商店街は夕食を買う人でにぎわっていた。フライドポテトやらハンバーガーやらを食べた胃には揚げ物の匂いは厳しい。昼間の陽気が嘘のように、涼しかった。思わず腕を撫でた僕を、彼は興味津々といった様子で眺めている。
「そういえば、着物って上着あるの?」
「さあ。別に着れればいい」
「まったく、なんだってそんな適当なんだか」
少し呆れたように彼は言う。
「冬どうするんだ? なければ要らないのあげるけど」
「いらない」
もしかしなくても、こいつ、冬まで一緒にいるつもりなのか。莫迦なヤツ。
「適当に済ますから」
「そういうもんか」
言って、彼は空を見上げた。つられて顔を向けるも、とくになにも見えない。夜の闇に浮かぶ灰色の雲が、雨を降らせているだけだった。
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