第16話

 どう頭を悩ませても、状況は変わらなさそうだ。

 僕は苛立って舌打ちをした。


「あー腹立つなぁ! もう」

「それは大変だ」


 言葉とは裏腹に呑気な顔をしている。


「そっか、十夜は怒ってるのか」


 アキナシは頬杖をついて、何度か頷いた。


「じゃあ、質問。その怒っている理由は?」


 聞かれると言語化できないことに気づいた。ただ漠然と腹が立っている。

 何に?

 言葉に詰まった僕にアキナシは優しい声色で語りかけた。


「見つからなさそう?」

「見つからないっていうか、当てはまることがめちゃくちゃ多い」

「なら、ひとつひとつ探していこうか」

「探す、って何を」

「言葉]


 ことば、と間抜けな声で復唱した僕に、彼は首を縦に振った。


「一口に『怒ってる』って言っても色々ある。ほら、さっきのハンバーガーだって食べる場所で触感が変わったりしたでしょ? 『怒り』の根本にも種類があるんだ。それを言葉にして、俺に教えてほしい。そうじゃないと分からないから。それで、対処も考える。それが見つかれば向き合う方法も逃げる方法も、きっと二人なら思いつくから」


 だから、と彼は続けた。


「それを探そう。俺も手伝うから」


 ――つくづく、この男は、馬鹿だ。

 僕は深く、ゆっくりと息を吐いた。


「どうしようもないお人好しだな。お前」


 ただの言葉一つで、僕の中の暴力性がどうにかなるとは思えなかった。だって、僕がどうすることもできないと思っているのだから。それでも、僕のために紡がれて考え出された案が好きな人から提示されたこと。そのことが僕はとても嬉しかった。


「トイレ行ってくる。場所は分かってるからな」


 心が軽くなったの感じながら、僕はアキナシに背を向けた。トイレのマークがある方へと足を進める。

 そういえば、誰かと同じテーブルで一緒にご飯を食べたのは生まれて初めてだった。今まではアキナシは店員で、僕は客という立場でしかなかった。喫茶店以外で食事をしない僕からしてみたら、考えられない出来事だ。

 本当に、アキナシの言葉を借りるなら――「夢のようなひと時」。この時間を共有したのが彼でよかった。あぁ、あいつに借りを作りっぱなしだ。ハンバーガーのお金はちゃんとあるから返さないと。またあとでと思っていたら忘れそうなので、今。素直に礼を伝えれば、彼も喜んでくれるだろうか。あるいは、そんなことできたんだ! と驚かれるかもしれない。そうしたら、笑って軽く殴ってやろう。

 さっさと用を済まし、ドアを開けてアキナシの姿を探した。ついさっきまで自分がいたテーブルの方向を見る。彼がいた。と、奥にもう一つ人影が見える。

 

(知り合い、か?)


 そう軽く背伸びをして、相手の顔を認識した瞬間――

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