第15話

 アキナシの案内の元、複合型の大型商業施設についた。その中にあるフードコートに来た。


「……混んでるな」


 僕はぐるりとあたりを見回し、呟いた。

 休日とあってか、どこのテーブルも混んでいる。見渡す限り人、人、人。比較的安めの店が集まるせいか、若い客層が多い。甲高い声に僕がげんなりしているのを察してか、アキナシが顔を覗き込んできた。


「やめとく?」

「いい。一緒に行く」

「無理しないでね」


 アキナシが席を取り、僕が代わりに列に並んでいた。その間、メニュー表を見上げる。すぐに彼は戻ってきた。


「十夜はどれにする?」

「期間限定のやつ」

「俺はいつものやつにしよ」


 アキナシが注文の手続きを終え「席に座って待とう」と促した。断る理由もなく僕も座る。周りの明るさに対して自分が浮いているようで、落ち着かない。


「そういえば、日鞠さん――白夜さんのほう。原因はたぶん、こっちにあるんだろうね。学校でも噂になってる。『日鞠さんが冬夏を振った』って」

「振ったぁ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


「そもそも付き合ってすらない。どういう勘違いしてるんだ。たぶらかしの才能があるな、アイツ」

「誰にでも優しいって言うのは罪だね」

「鏡見るか?」

「そんな馬鹿な」


 ふにゃふにゃとした笑顔で彼が返した瞬間、ブザーが鳴る。僕が何か言う前よりも早く「俺が行ってくるよ」とひらりと手を振り、自席から立ち上がった。

 そういうところだと思うけど?

 僕は頬杖をついて戻ってくるのを待った。


「お待たせ」


 声がした方を向く。アキナシは器用にも両手にトレーを持っていた。片方を差し出され、受け取る。

 僕が注文した期間限定のほうは、バーガーもサブメニューもパッケージが異なっていてどこか特別感がある。アキナシのは商品名が英名で入っている、サイドメニューのポテトのパッケージにはお店のロゴが刻まれていた。僕は包装紙を剥いて、中身と対面した。意外に分厚い。


「どう……食べるんだ。これ」

「サンドイッチと同じ。大きく口を開けて、かぶりつく」


 なるほど。アドバイス通りに最大限に口を開いて、食べる。パン、肉、ソース、野菜。色々な味がして面白い。このあいだのサンドイッチよりはボリュームがある。これもこれで美味しい。ふ、と顔を上げれば、アキナシがまたも生ぬるい目を向けていた。


「なに」

「いや! 他意はない、マジで」


 彼は面白いぐらいに慌てふためいてた。それから僕から顔を背け、口元を手で覆った。


「……こうして出かけるなんて夢のようだなって」

「はあ? そんなの、いつだって」


 ――一緒に出かけてやるよ。

 そんなセリフを口にしようとした自分に驚いている。柔らかい物をつぶす感覚と音がし、はっとして手を緩めた。無意識に力がこもっていたらしい。


「とにかく!」ごまかすように声を大きくする。「食べるぞ、ほら」

「うん」


 返事にどことなく落ち込んだ雰囲気を感じ取ったが無視した。

 彼女がハルナシに心を許したように、僕は僕でこの男に絆されたらしい。……なんてこった、そういうタイプは同じなのかもしれない。

 のんびりとだべっている間に客の波は引き、ようやく落ち着いて本題に入れそうだった。


「目下の課題は、日鞠さんがどうしたら出てきてくれるか、だねぇ」

「こんなこと今までで初めてだからな」


 僕はいったんバーガーを置いて、ドリンクに手を伸ばす。


「どうしたものか」

「うーん。外野がとやかく言うことじゃないと思うけどね」


 本当にアキナシの言う通りなのだ。僕はむしゃくしゃしてハンバーガーを頬張った。おいしい、腹立つぐらいに美味しい。下のほうになるにつれ、パンがソースに浸ったふにゃふにゃになっている。

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