第32話

 *

「要は、人間って他人が自分に向けてきた行動や感情を映し出す鏡なんだよ」


 全身の汚れを洗い流すかのように、十夜は雨に打たれていた。開け放たれた窓から水滴が入り込んでくる。簡易的な手当てが施された足を伸ばし、ベッドの上で十夜の独白を聞いていた。

 人間は記憶で構成されている。ただそれだけの言葉真実だ。それなのに日鞠 白夜という少女の頭からつま先までを除けてしまった。色々な確認事項は浮かんだけれど、答えを聴く気力も体力も今はない。


「そりゃあそうだな」


 出血のせいで胡乱になった頭で頷く。その説が当たっているのなら、十夜は日鞠の怒りを体現しているのだろう。思えば、あいつがムッとしているところなんて見たこともない。

 雨雲を睨みつけ、十夜は言った。


「……白夜は、自分にっていう


 理屈はわからないけどなと付け加え、閉口する。

 そんな器用なことが、できるのか? 日鞠 白夜のである十夜が語るのだから間違いではないのだろう。


「おまえ、自覚あるのかないのかわかんないから言っとくけど」


 ふとわずかに口元が緩む。


「あの子、おまえといると楽しそうなんだ」


 前髪をかき上げると十夜は、俺の真正面に立った。


「だから今後も、頼んだ」


 怒り十夜の性質上、こんな弱ったような顔は初めてだった。いつも眉根にしわを寄せ、口をへの字にしているイメージしかない。

 顔の血がきれいさっぱり消えて満足したのか、十夜は俺に近づいてきた。音もたてずに俺の隣にしゃがみこむと、耳元でささやいた。


「だから、今日の出来事も今聞いたことも、全部、白夜には絶対に言うなよ」


 でもおまえの兄には伝えろ、と追加注文をすると、俺の返事も聞かずに瞼を閉じた。間を置かず寝息が聞こえてくる。眠気にあてられ、俺も意識を手放した。


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