第33話

 日鞠 白夜は貪欲に、動機ひとりたがる。

 でも答えは自身の内側にいる半身が持っている。

 ――日鞠さんが、十夜の存在に気が付いたらどうなるのか。

 視聴覚室での一件で十夜はそこには触れなかったし、俺も問わなかった。だから、ひとりで永遠と考えていたって答えは出ない。もしそうなったら日鞠さんも十夜も、どこかにいってしまうんじゃないだろうか――そんな嫌な予感だけが、胸にくすぶっていた。偶然に秘密を知ってしまったからこそ最悪の結末は避けたい。それが思い違いなら、未来で笑い話になるだけだ。

 他人にここまで必死になる自分に驚いてはいる。この義務感の熱源は、十夜の言葉と表情だ。

 ――あの子、おまえといると楽しそうなんだ。

 泣き出しそうな顔で、そう告げられたのが忘れられなくて、俺は今、こんなに考えている。


(この危ういクラスメイトの隣に居続けるには、どうすればいいのか)


 問いを考える時間は、無限にあった。なにせ事件が事件とだけあって電子機器類の持ち込みは禁止されている。白い監獄での繰り返しの日々に、自問自答はぴったりだった。

 正直、すぐに結論は出た。それが本当に正しいのかが迷っていただけで。可能性ひとつひとつを検討し、潰し、迷って、仮説を一から組み立てては崩して――行き着く先はすべて同じだった。

 リハビリも順調に進み、院内であれば自由に行動できることになった俺は、真っ先に電話ボックスへと向かった。受話器を上げ、テレフォンカードを入れてから記憶の中の電話番号を押す。


『はい』


 数コール目で、知った声が電話に出た。冬夏 秋人王子様の一世一代の大舞台だ。手汗で滑る端末をしっかりと握り締め、俺は答えた。


「元気そうだね、日鞠さん」

『ふ……冬夏くん、ですか?』


 口元を手で押さえているのか、声はくぐもっていた。その声には焦りが滲んでいる。それもそうなのかもしれない。詳細は知らないにせよ、共に事件を追っていたクラスメイトが病院送りになったのだから。


『あのっ!』

「はい!?」


 突然の大声に、俺もつられてしまった。


『ありがとう、ございました。その、事件のことについてはもちろんなのですが』


 急に何を言い出すんだろう?

 混乱する俺に構わず、彼女は続ける。


『私のわがままに付き合ってくださって。なにを急にとお思いかもしれませんが、いつでも伝えられるわけではないと今回、死にかけて実感したので。

 はい、終わりです。ご清聴ありがとうございました』


 その言葉の羅列に、完全に乱された。頭をかき、ため息をつく。本当に、これが正しいのか。浮かんだ疑念に結論が揺らぐ。目眩に似た迷いを、首を振ってやり過ごした。腹をくくるしかないのは、俺が一番わかっている。

 仕切りなおすべく「日鞠さん」と名前を呼んだ。返事は待たず、台本のセリフを口にする。


?」


 死にかけた事件を経た、今の俺が出した結論はそれだった。

 彼女のことを恋愛的な意味で好きか、と言われたら、俺にはまだわからない。嫌いではないのは確かだ。きっと、この胸に渦巻くのは、好きだ嫌いだと白黒つけられる感情ではないのだろう。


 疑問に向かって突き進む愚直さには胃もたれすら覚える。

 でも、彼女のその姿勢をずっと見ていたいのも事実だった。


 どうにかして日鞠さんを真実から遠ざけ、彼女が納得する結論に落とし込みたい。

 間近で見守るには、今までの『同じクラスで、同じ委員』の関係は、あまりにも遠すぎた。細い糸で、すぐに切れてしまう。

 祈る。どうか、この演技が彼女にバレませんように。暗記した言葉を告げた声は裏返っていない。我ながら百点満点の出来……だというのに、こんなにも喉が渇くのはどうしてだろう? 端末を握る手のひらが滑る。


『それはまた』


 時間にして数十秒し、彼女は言葉を発した。

 彼女の続くセリフは簡単に予想できる。


『なぜ、ですか?』


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