小話:ある月曜日の夜の話2

 *


 キャッチと看板がひしめき合う繁華街を歩く。頭上には『悪質な客引きはやめましょう』と書かれたボロボロの布切れが掲げられている。

 腹ごなしの散歩にしてはいささか遅いが、それもしょうがない。こんな時間に食べたのだから。

 繁華街も半ばに来たところで、少し遠くに警官が見えた。その制服姿を見た瞬間に、心臓がバクバクと音を立てる。だが、ここで引き返そうものなら職質は受けること間違いない。

 僕は鈍色に光る凶器を持っている。


(見つかるな見つかるな見つかるな)


 呪文のように脳内で唱えながら、顔を伏せて足早に歩いた。特にとがめられることも、声をかけられることもなく、彼らの気配と足音が遠ざかっていく。ほっとして警戒を緩めた瞬間だった。


「おい!」


 聞こえてきた怒鳴り声に、体が硬直した。首だけを後ろに向ける。

 黒服姿のキャッチが警察官二人にすごまれていた。どうやら彼らの目に余るようなキャッチ行為をしたらしい。紛らわしい。ため息をついて、ゆっくりと街を歩く。

 誰にしようか、いや、誰でもいいんだ。誰でもいいんだった。通り魔とはそういうものなんだから。

 右側だけ、やけに重く感じる。

 ――錯覚なんだろうけれど。


 *


 見失った。

 駄目だ、あんなに目立つ格好なのに何度やってもうまくいかない。こうなると俺の脳機能を疑いたくなる。


(本当に通り魔だったらどうしようか)


 通報する。

 ……本当に? うだうだとこの関係を続けるような人間にそれができるのか? 首をひねる。怪しい。

 すでに姿を追いかけることをあきらめ、その足は家に帰ろうと回れ右をしている。

 十夜の「傷だらけの猫」という第一印象は、今も変わりない。付け加わったとすれば、人間嫌いで常に何かに苛々していていることと、見た目によらず味覚が子供っぽいところだ。

 俺には傷は治せないけれど、その痛みに寄り添いたかった。もっともそれは俺がされたかったことにあたる。だから別に返ってこなくてもよかった。傲慢とも、哀れとも指をさされようが構わない。


(もう少しだけ、探そうかな)


 家路に向いていた足を、さらに暗い方へと動かす。

 こうして夜が更けていく。

 

 *

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