小話:ある月曜日の夜の話


 この雨のせいか店内に客はほとんどいない。窓側のテーブル席に十夜はいた。窓を優しく叩く雨を眺めている。十夜が帰るまでに止んでくれていればいいが。

 閉店作業をしているふりをしつつ、十夜のいるテーブルに歩み寄る。今日はあんみつ。求肥――ではなく白玉、賽の目状に切った寒天、シロップ漬けのみかんとさくらんぼ、甘さ控えめのあんこを一皿にまとめている。ちなみに十夜はあんみつ自体を知らなかった。

 こないだのスイーツ系(プリンアラモードやフレンチトースト)よりスプーンの進みは遅い。着物を着ているから和風な料理が好みかと思ったのだが、どうやらそれは俺の偏見らしかった。

 十夜に断りを入れて、伝票裏にメモを取る。食べている様子、味の感想、具材の固さ柔らかさ――筆を走らせていると退屈そうにそれを眺めていた十夜が口を開く。


「お前って時々、じじくさいよな」

「急にどうしたの、悪口?」

「ほめてる」


 言いながらも表情はむすっとしていた。相変わらず顔と言葉が一致していない。


「失礼だな」


 口ではそう言いながらも、そこまで思ってはいない。

 実際、端末より自分の手書きのメモや日記のほうが信用できる。自分しか知らない場所に隠しておけば流出ということはない。

 それをまとめるとなると、この言葉が相応しいだろう。


「用心深いんだ、俺は」


 スプーンに乗せたあんこを口へ運んで、十夜が馬鹿にしたように鼻を鳴らした


「素性もよく分からないやつに声をかけといて、用心深い、ねぇ」


 それはまぁ、おっしゃるとおりなわけなんですが。

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。俺は話題を適当な方向に投げた。


「あ、そうだ。おいしい?」

「百点中五十点」

「手厳しいな」


 十夜はスプーンを置いて、口元を拭いた。なんだかんだいって完食はしている。そのまま温かいお茶を飲む。

 心底、十夜のことがうらやましいと思う。

 言いたいことを口にできるはっきりとした度胸が。時折見える凶暴性も。俺もああやって暴れたい。態度で反撃したい。ちゃぶ台返しのように、今までの基盤をひっくり返してしまいたかった。だけど、世間体がそれを許してくれない。

 俺ができないことを簡単にできてしまっている十夜のことが、うらやましくて──同時に嫌いだ。

 頬杖をついて、十夜の顔を見る。その視線に気がついたのか気味悪いものを見たような、怒ったような顔を向けた。


「なに……?」

「いや、今日も少し怒ってるなって」

「かなりだけど」

「疲れない?」

「何が?」


 じろり、と睨まれる。そのナイフのような視線に首をすくめ、俺は答えた。


「ずーっと怒ってて、疲れないのって話」

「疲れ」


 口を閉ざす。首をひねって考えている様は、難しい問題に当たった子供の用だった。


「さあ。知らない。寝れば終わるし」


 なんとなく言い方が引っ掛かったが、俺は流した。

 そうして雑談をしていると、あっという間に時間が過ぎ去った。十夜は目だけで時計を見ると、立ち上がった。


「ご馳走様」


 いつものセリフ、いつもの後姿。そうして、俺はいつも通り、十夜を尾行する。


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