小話:ある土曜日の話
土曜日。
凶行が起きているにしては、街にはどこかのんびりとした雰囲気が漂う。俺は友人と遊びに行くために、待ち合わせ場所に向かっていた。横断歩道へ渡った。季節には春と名前がついているが今日は少し暑く感じる。二十分も歩けばじんわりと汗をかくだろう。重い荷物を持った帰り道のことを想像するとげんなりした。
向かう最中から気が滅入っていると、前方に見知った顔があった。着物姿ではなく、洋服姿だ。傍らにいる男は知り合いだろうか。話をしているようなので声をかけずに近づいていく。
「危ないから持つよ、荷物。目が見えないんでしょ?」
聞こえてきたフレーズに俺はつい、そちらを向いた。その声には明確な下心があったからだ。どことなく男は酒臭い。
「結構です」
そう返す少女も戸惑っているようだ。十夜とは違い、瞳は見えない。目をつむり、その手には白杖が握られている。
俺はほとんど反射的に間に立っていた。
「んだお前」
と、男に酒臭い顔を近づけられて気づいた。彼女と接点はない。顔や身長を見た感じ、俺と同い年っぽいし、でっちあげよう。
「クラスメイトです」
「あぁ? 知ったこっちゃねぇよ、どけ」
「この後出かけるんで」
「俺と一緒に出掛けるんだよぉ!」
なにやらぐだぐだと話し始めた男をしり目に、俺は小声で話しかける。
「今のうちに」
「ありがとうございます。冬夏くん」
その後、俺はおっさんの意味不明な話を聞き流しつつ、適当に「じゃ」と言って切り上げ、走って逃げた。普通に怖かった、二度とやるものか。変な汗をかきながら、家電量販店の前を通る。ばらばらの番組を報じているが、どれもこれも通り魔事件の話題だ。何となく立ち止まる。
『通り魔事件のこれまでの情報です』
『――浮かび上がる犯人像について元警視庁捜査一――』
『通り魔事件はなぜ起こるのでしょうか』
都会でもない、田舎でもない小さな街だから連日、通り魔事件について報道されている。昨日、新たに事件があったから余計に今日の報道は苛烈だ。同じような情報、同じような話を、同じような顔の人間たちが話し合っている。
捜査が進展しないことに安堵してしまう自分に呆れる。ニュースの話題がパラパラと切り替わっていく。俺は本来の目的を果たすために、その場を離れた。
(あ)
ようやく、彼女の名前を思い出した。日鞠 白夜。きしくも今日会う友人に話していた、”
予想外のアクシデントで二分遅れた。
あまり他人と付き合わない俺は、家族が判断材料だ。二分遅れたのなら、それはもう怒られている。たとえ連絡を入れていたとしても。
「悪い、吉永。待った?」
「いいよ。冬夏。……二分だけなのに律儀な奴だな」
頭を掻きながら、礼を言う。
「ありがとう。あぁ、そういえばさ、こないだの話、覚えてる?」
それだけで吉永にはピンと来たらしい。目を軽く開き「思い出したのか」と俺の顔を見やる。
「ああ。日鞠って名前だった」
瞬間、吉永の顔がこわばった――ように見えた。
「紹介しようか?」
「いや、いいよ」
普段の表情に戻り、吉永は笑って手を横に振った。
「それじゃ、行こうか」
「うん。プラモデル屋、こっち?」
「マップを見たらそんな感じ」
俺たちは携帯とにらみ合いをしながら、歩き出した。
袖から覗く吉永の細い腕に包帯がまかれているのを俺は見逃さなかった。
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