第4話
日鞠さんは視聴覚室に入る直前に「見えないからいいんですよ」と言った。一瞬なんの話かと思ったが、俺の問いかけへの反応らしい。さらに「目の見える人のために作られた資料は、私には読めないです」と付け加えた。たしかに彼女向けの書類ではない。
二重先輩が来ないことを知り、ざわめく室内。結局、司会進行は副会長になった。彼の杓子定規な性格を表すかのように脱線もなく定刻通りに会議は終わった。
「そういえば点字だっけ、とかはやらないの?」
「うーん。あんまりやる気はないですね」
その口ぶりは他人事のようだった。
学校からの帰り道、俺と日鞠さんは肩を並べて歩いていた。議題はもちろん、ドッペルゲンガーについて。だけど、話は学校と街を結ぶ坂を下りきってから日鞠さんの話になった。その手に握られている白杖は足より少し前をキープしている。
こうして学校外で歩くのは初めてで、つい隣を意識してしまう。栗毛色の髪色が光を反射してキラキラと光っている。茜色の西日が俺たちをオレンジ色に染め上げていた。女子だからそれはそうだけど俺よりもずっと小さいし、細い。自然と歩幅を相手に合わせる。
「家の方角は分かるの?」
「ええ。なんとなく。普段から音を聞いています」
「音?」
「そうですね、例えば商店街から流れるラジオ、公園から聞こえる子どもの声。その他もろもろを頼りに家に帰っています。まあ、一番は」
とんとん、と耳の下をたたく。骨伝導型のイヤフォンだ。
「マップの読み上げを頼りに帰っています」
「怖くはないの?」
「そりゃ怖いですよ」
あっけらかんと彼女は言った。その言葉の下にどんな思いや感情が乗っているのだろう。言葉の表面上しか読み取ることしかできなかった。
「さてマップの導きでここまで来ましたが」
言いながら彼女は立ち止まる。
「私はここをまっすぐ行きます。冬夏くんのご自宅は?」
道路を渡って、年季の入ったアーケードをくぐる。商店街の中間地点にたどり着いた。直線に進めば住宅街、右に曲がれば商店街奥、左に曲がると駅につながっている。商店街の奥側に店を構えているため、俺はこのまま右に曲がるだけだ。
「日鞠さんちと俺の家、意外に近所だったらしい」
「そうなんですか?」
彼女はこてん、と首をかしげる。
「最近越してきたので気づきませんでした」
言われて気づいた。彼女のような
俺たちが通っている学校は小学部中学部高等部までエスカレーター式だ。ついでに高校はそこそこの進学校で、寮から通うかどうかも選択できる。だから、全国各地から学生が来る。日鞠さんも全国タイプなのだろうか。
それよりも。
……最近越してきた。
そのワードが引っ掛かった。通り魔事件が始まったのも最近、だいたい一、二カ月ほど前だったと記憶している。
もし、もしも、あいつが凶行を重ねていたとしたら?
降ってきた疑問の問いかけを考える。家には両親と姉妹である日鞠さん、最低二人の人間がいるなかで、かつ土地勘がない場所で通り魔を続けていく。そんなことは不可能に近い。
「ちなみに元々はどこに?」
「N県です。親の仕事の関係でこっちに」
俺も何度かN県にある病院に行ったことがある。
「そうなんだ」
「冬夏くんは?」
「生まれも育ちもここだよ」
「土地勘ありますね。いずれ案内してください」
「もちろん。俺で良ければ」
日鞠さんは「約束ですよ」と手を振った。俺も手を振り返す。この後予定はと脳内を検索する。家の手伝いだ。俺は疲れた体に鞭打って、帰路についた。
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