第11話

「『繁華街、怪しいやつ、みた。依然の話。着物、挙動不審』」


 日鞠さんは顔をしかめて、小首をかしげる。動揺している素振りもなく、ただ読み上げた内容に困惑している様子だった。


「暗号ですか?」

「ううん、違うと思う」


 とはいえ、言葉の音しか拾っていない彼女が勘違いするのも無理はない。誤変換していることいい、片言なことといい、これは単に相手が不慣れなだけだ。初期アイコンなことから正体を特定されたくないのだろう。突っ込んだ方がいいのか迷いに迷った挙句、文字を打ち込む。


『黒須先輩、音声入力楽ですよ』


 数分後に返信が来た。


『なんでわかった』

『アカウントの名前がKUROZUになってます』


 おそらく、どこかのアカウントを活用したものなのだろう。そんなことはどうだっていい。黒須先輩の名誉のために名前は伏せて、俺は日鞠さんに「この人に質問はある?」と問いかけた。すぐさま「詳細を」と返ってくる。


『着物姿の人物、詳細わかりますか?』

『たぶん紺色だった。

 この時代にあんな男物の着物を着る方が珍しい、いやあれは紬とでもいうべきか。なんにせよ珍しくて目を引いたんだが、なんだろうな、辺りを見回したりとまったりと繰り返していたよ。あれは待ち人というより人間を探す挙動だった』


 急に流ちょうになった文章を目で追う。意味を理解するために反芻し、俺は長く息を吐き出した。嫌な想像が頭を駆け巡る。俺は震える指先で、メッセージを送った。


『その人、髪は青色とかでした?』

『違う』


 開きっぱなしのダイレクトメッセージ欄に、新しい一言が追加される。


『ネオンでわかりにくかったが、あれは、栗毛色だったよ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る