第11話

「そのコンテストって、皆出るの?」

「ええ。美術部で絵を描く人は強制的に。そうね、野球部でいう甲子園って感じ? だから、そうね。ライバルは部員全員。ただ、その中でも――黒戸くんに匹敵する人が二人いる。それが胡屋先輩と丹先輩。メインで描くジャンルも同じ」

「ライバル関係、的な?」

「うーん、だいたいそんな感じ。ただ、黒戸くんが凄すぎるってだけで。あの三人、年齢一桁のころから同じ絵画スクールに通っていたらしいんだけど、一番早くに芽が出たのが黒戸くん。そのスクールが有名なことに加えて、そのコンクールで最年少受賞だった。だから、余計に名前が大々的に載せられて、ずーっとちやほやされるの。丹先輩は努力家だから追いつこうとしているみたいだけど」


 情報を聞きながら、私はペンで適当な図形を描く。

 黒戸くん、丹先輩、胡屋先輩は年齢に差はあるが、幼少期から付き合いの長いライバル関係だ。青春らしい響きとはいえ、腹の底には様々な感情があるだろう。


「事件前日、つまり一昨日の夕方って部活あったの?」

「あったわ」

「そのときに鍵を返したのは?」

「胡屋先輩。部室の棚の鍵と間違えかけてたけど、ちゃんと部室の鍵を返却してる」


 確かに昨日のやり取りで、藤野さんが胡屋先輩に鍵を返したかどうかを確認していた。事件前日に鍵を返したのは胡屋先輩。情報の発信源が犯人候補の藤野さんであることを除けば、有力な情報だ。


「あのペンキはどこから? 結構色があったけど」

「たぶん、美術室の備品入れ。うちの部、色々、揃ってるの。例えば、レーザーポインターとかね」

「レーザーポインター? なにに使うの?」

「講師がする作品の批評。指し示すのに使うだけだけど」

「ずいぶんと教育熱心だね」

「私は参加しないけれど、朝練もその人の提案。そのおかげで絵がうまくなってるってありがたがっている部員、結構いるのよ。私もそうだけど、丹先輩が一番かな。絵が上達したって感じが一番する」

「それは凄腕だ。講師の人は前からいるの?」

「去年、顧問が招いたんだって。まあ、その反面でゆるーい部活を求めてた人には不評みたいだけどね。去年までの人は放任主義だったらしいし、幽霊部員も結構いたみたい。緩い部活って聞いて入った人が哀れね。葛鹿かつしか己家みけの二人が代表例。あの二人は幽霊部員なんだけど」


 そこで藤野さんは言葉を切った。


「黒戸くん、有名だって言ったじゃない? けど二人はたいして絵の才能もない、部活にも参加していないくせにひがんでちょっかい出してるの」

「それって」

「そういうこと」


 彼と彼女が同時にため息をつく音が聞こえた。


「そういえば幽霊の噂ってなに? 俺、初めて聞いたよ」

「あー。アレね。幽霊を信じて、部活に来られない子もいるのよ。オカ研の人たちが嗅ぎまわってて迷惑してるんだ。なんでも動画に収めるとかで、夕方に美術室にカメラを仕掛けてるの。顔が映らないように加工するとか言ってるけど、どうかしら」


 その声から苦悩が読み取れる。幽霊、か。そんなものいるわけないのに。


「ありがとう。色々知れた」

「どういたしまして。冬夏くん、放課後時間ある? 一緒にカラオケ行かない?」

「いいよ。お礼ってことで。ただゲーセンがいいな。俺」

「ほんと!?」


 急に声のトーンが明るくなる。


「もちろん、変更する! 約束ね! 絶対よ!」


 嵐のような、恋する乙女の足音が遠ざかる。それを確認して、私はボイスレコーダーを切った。ふーとため息をつき、冬夏くんが口を開いた。


「なんか、ごめん。俺ばっかり喋ってて」

「いいんです。私が勝手に黙ったので」

「そっか。それにしても、ドッペルゲンガーに続き、幽霊かぁ」

「この世にあるものは言葉で説明がついてしまえば、怖くなんてないんです。知らないから人は恐怖するんです」


 彼の席がある場所に体の向きを変えた。


「この世にあるものは言葉で説明がついてしまえば、怖くなんてないんです。知らないから人は恐怖するんです」

「はは、確かにそうかもね」


 彼が、微笑んだ気がした。

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