第12話
と、一限目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
藤野さんと冬夏くんの話を聞いていて、ある疑問が芽生えた。冬夏くんは意図的にクラスメイトと話すのを避けているわけではない。クラスに友人も多く、今のように女子生徒とも話すことができる。
なのに私と話をしたがるのは、なぜだろう? 『隣の席で同じ委員』だから――というものではない気がしてきた。
一人、昼食を食べ終え、弁当箱をしまう。午前中の授業中は集中できなかった。
嫌な想像ばかりが頭の中をめぐってしまっているせいで。
不意にドッと遠くから重い音がした。何事かと思って耳を澄ます。私が答えを出す前に、次々に「げ、雨!?」「傘持ってないよ」と嘆きの声が耳に入ってくる。
雨音に紛れて、嫌なものが頭の中に浸透してくる。
私は目が見えない。
それは白杖を持っているし、目は閉じっぱなしだから、誰だって見て分かる。頼んでもいないのに世話を焼かれたり、目が見えないだけで遠ざけられたり。なんて、これまでもよくあったことだった。見かけで判断されて利用される。
普通の人と同じように接してほしいだけ。なのに、なぜそんなささやかな願いがかなわないのだろう。
そう思っていたところに出会ったのが、冬夏くんだった。どちらの彼も穏やかな人だった。今まで出会ってきたどんな人よりも、対等に接してくれる。
クラスメイトの視線を一身に集める彼が、私なんかと一緒にいる理由。感じていることが、言葉が、頭の中で具体的になっていく。
(冬夏くんも、実は彼らと同じなのではないだろうか?)
”目が見えない”というフィルターをかける彼らと。態度を、言葉を、声色をうまいこと隠して、実はこっそりと”目が見えないクラスメイトを助けている自分”に浸っているのでは?
想像は止まらない。もやもやを頭が覆いつくし、鉛のように重くなる。私は机に突っ伏した。
それから雨音は威力を弱めないまま、五限目の体育に突入していた。今日は雨天のため男女ともに体育館だ。女子は二階で卓球、男子は一階でバレーボール。シューズが床をこする高い音、太い掛け声。状況から察するに白熱しているようだ。
が、今の私はそれどころではない。昼時の嫌な考えが頭から離れないのだ。頭の痛みを紛らわらせるために、ゆっくりと息を吐いた。理由を考える。
偶然、隣の席になり、担任の先生の気まぐれで同じ委員になった。最初こそ委員なんて嫌だったが、今では感謝している。私の「なぜ」の探求に一緒に乗り気になってくれたし、特別扱いしないし、役割を全部は奪わない。その裏で、私を嫌っていようとも、一方的な居心地の良さを覚えていた。
だからこそ、なんでもできる、誰にでも平等に気づかいのできる冬夏くんが、私といる理由が分からない。どれだけ脳内を引っ掻き回そうが、引き出しの中に答えは見つからない。
ビーッ!
けたたましくブザーが鳴る。どうやら試合は終わったらしい。私は軽く伸びをした。そのままステージ脇の階段から降りる。なるべく邪魔にならないよう窓際を歩きながら、男子生徒たちの間をすり抜けていく。
「そういえばさ。冬夏って日鞠さんと付き合ってんの?」
その質問は、弾丸のように私の足を貫いた。
「なに? 急に」
「いつも一緒だしさ」
「別にそんなんじゃないよ」
迷いなく冬夏くんはそう返した。雨音がかき消すような声のボリュームだったが、するすると頭の中に入ってくる。
「じゃあ、なんで一緒にいるん? 冬夏レベルだったら誰だって寄ってくるじゃん。正直、あんまりかわいくはないしさ」
この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。冬夏くんのことを信じられない。この安定した関係を終わらせたくない。
(聞きたくない)
思いばかりが積もる。なのに、どうしてか体が動かない。呼吸が浅くなり、意識が遠くなる。
「――目が見えないからかな」
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