連続通り魔事件
第1話
ひらりと風に揺れる藍色の袖。そこには赤い文様がまばらに散らされている。元からあったかのように溶け込んでいるが、その正体は真新しい鮮血だ。
この位置からでは、凶行に及んだその顔は拝めない。だけど、こんな物騒な夜の街を闊歩して、かつ、着物姿の人間を俺は一人しか知らない。
こうして夜の街を歩いているときに、常にどこか頭の中で描いていた光景ではあった。返り血を浴びながら悠然とたたずむ姿、それに遭う俺。土砂降りの雨の日なんてところも再演だ。自然に口角が上がる。こうもうまくいくなんて、思ってもみなかったから。
動いたのか着物の袖が揺れる。暗いうえに、距離にして電柱三本分。だけど、その一挙手一投足に目が釘付けになっているせいか、動きはよく見えた。
十夜にこんなことを問われたことがあった。
――なんで死のうと思うんだろう。
あのときの答えとは、違うものを今なら出せる。
*
パシャリ。
そう遠くはない距離から水を踏む音がした。顔をそちらへと向ける。電柱を数えて三つ目、そこに誰かが立っていた。
(見られた)
滴る雨に混ざって冷や汗が流れる。僕は動かない目撃者を次の獲物に定めた。まだサイレンの音はしない。引き寄せられるように人影へ足を向けた。暗闇にいざなわれているような不気味さはある。……それでも構わない。ナイフの柄を握り締める。相手が誰だろうと殺さなければ、捕まるんだ。荒い息を抑えながら、僕は歩き出した。
――明確に、殺意がある。
そんな犯行は久々だった。
*
注射器よりも鋭く、えぐれるような痛みが右足に走った。間髪入れずに反対も。脈打つたびに体を駆け抜ける信号にたまらず膝を折る。熱い液体が、雨水を上書きするように足をつたう。追い打ちをかけるように腰に痛みが走った。
冷えたアスファルトに倒れ伏した俺は、理不尽な暴力に浅い呼吸を繰り返していた。うつ伏せになった体が右側に引っ張られる。途端に呼吸がしやすくなった。仰向けにされたのだ。
相手と自分の粗い呼吸が重なる。首にひんやりとしたものがあたる。予行練習のように首をなぞっていくソレがなんなのかは、考えなくてもわかる。今ほど生と死を身近に感じた瞬間はなかっただろう。
余力を振り絞り、冷たい手を持ち上げる。熱に触れた。喉を震わせ、言葉をつがえ――
「ありがとう。きみといれて、幸せでした」
そんな本心を、放った。
*
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