第2話



「はい」


 帰路についた私にかかってきた見知らぬ番号からの電話。出たのはいいけれど、相手はなにも言わない。パタパタと走る音、エレベーターの駆動音。ただ向こう側の忙しなさが伝わってくる。

 確証はなにひとつないけど、私はその名前を呼んだ。


「こんにちは、冬夏くん」

『今いい?』


 周囲に物音がしないことを確認し、私は「ええ」と頷いた。


『暇?』

「なぜです?」


 続きを促すと、彼は口ごもった。私はため息をつく。まったく、素直じゃない人。


「構いませんよ。どこにいらっしゃるんですか?」


 冬夏くんが告げたのは二駅先の病院だった。続けて、


『着いたら連絡、お願い。迎えに行くから』

「はい」


 電話が切れる。同時に私は端末を操作して病院名を告げる。マップの案内が始まるより先に、私は駅へ向かい始めていた。







 ゴールデンウィーク中の街は、穏やかだった。

 本当に久方ぶりに、通り魔事件は起こらなかった。大々的に『殺人鬼』と評された犯人は姿を消したのだ。

 だが、それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。

 止めていた呼吸を再開するかのように、連休明けから犯行が相次いだ。そして、ソレに遭ったのが冬夏くんのお兄さんだった。テレビで大々的に報じられ、瞬く間に時の人となった。家族が被害者になったことで、冬夏くんは学校に来られなくなった。今も学校には数名の記者が張り付いている。

 電車に揺られながら一人、思考する。


 ――なぜ、通り魔をするのか?

 この疑問の答えを探るのを先延ばしにしていた理由。それは、その回答が私の欠落に結びついていたら怖いから。だからずっとずっと気にしないようにしていた。

 こうして身近に被害者が出るまでは。

 動機を理解するには、通り魔という事件について確認する必要がある。金銭や怨恨などの動機ではなく、無差別に攻撃を行う。

 車掌のアナウンスが聞こえ、私は顔を上げる。降車後、点字ブロックに沿って歩き、エレベーターや音声案内を駆使しながら、どうにかこうにか駅の外へと降り立った。あまり賑わっている気配はしない。

 私は駅のインフォメーションの人に声をかけ、病院への行き方を訊いた。どうやらバスを使う必要があるらしい。説明してくださった人は「案内しますよ」と、そのままバスの場所まで一緒についてきて下さった。礼を言って、バスに乗り込む。

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