第3話

 バスに乗ってから数分後。病院名が聞こえて降車ボタンを押した。大きな揺れとともに止まる。そのまま降りて、その発車を待ってから私は電話をかけた。


「お待たせしました、冬夏くん。到着しました」

『こっちから声をかけるから、そこで待っていて』


 ぷつり、と電話が切れる。私は邪魔にならない場所に移動し、彼の到着を待った。


「日鞠さん」

 数分もしないなうちに左から声がかかった。私は黙って、会釈をした。

 すぐに彼が歩き出し、私は音を聞いてからそのあとを歩く。周囲には石畳を歩く二人分の足音しかしない。


「まだ春なのに暑いね」


 彼が、そんなことを言った。本心からではないのは、私でもわかる。

 美術室の件で背中を押さなければ今、私は学校には通っていなかっただろう。暴力事件の件は一切広まっていなかった。だから私も彼の素顔については周囲に漏らしていない。……この人のいない教室はどこか中だるみしたドラマのようで、つまらない。来なくなって気が付いた。

 ざあっと風が吹くと、強い花の匂いがした。


「日鞠さん」


 鼻をくすぐった匂いが薄まったころ、彼が口を開いた。


「はい」

「店の店員が退店した客を追いかける理由。忘れ物以外で思いつく?」


 ある可能性がすぐさま浮かぶも、私は声に出せなかった。

 この状態の彼に対して、あまりに無責任な答えを口にするのは躊躇われる。


「どう思う?」


 冬夏くんの急かす声に押されるように、私は答えを口にした。


「……犯人だと思って、尾行していたのでは?」

「……だよね」


 乱暴に頭をかいた音がした。


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