第35話

 *


 梅雨真っ只中にもかかわらず、今日はよく晴れていた。傍らにある花壇の土は湿っており、長雨の影響を感じさせる。ここ数日に雨風にも負けず、色とりどりの花々が咲き誇っている。

 正門から、遠くの玄関を眺める。様々な服を着た人間達が出入りしていた。真上にある時計で時刻を確認する。ここに来てから二時間弱が経過したが、一向に待ち人が来る気配はない。

 今日は、アキナシの退院日だ。別に会う約束をしているわけではない。……いつもと同じだ。だから、だろうか。こうしてじっとできているのは。


「と、おや?」


 自分の名前が呼ばれて、体が硬直した。ゆっくりとだが、確かめるように地面を踏みしめる音が、うしろから伸びる影が、僕に迫ってくる。真正面にいると本能的に察知し、勢いをつけて僕は顔を上げた。

 あっ、と間抜けた声を上げて、僕らは顔を見つめ合った。アキナシは僕の肩を叩こうとしたのか、腕を上げた奇妙な格好で静止している。意味のなくなった腕は力なく下ろされた。


「その」


 彼は頬をかいた。


「……久しぶり」


 アキナシの泣きそうな表情に、得も言われぬ感情がこみあげてくる。それに後押しされる形で、思い切り体当たりをした。求めていた人間の体温がそこにはあった。

 僕は鼻水をすすると、それを誤魔化すように声を張った。


「待ってたんだけど」


 ……本当は、伝えたいことも、謝りたいこともたくさん、本当にたくさんあった。赦しを請うつもりはないが、この気持ちをただぶつけたかった。けれど、彼は優しいから「もういいよ」と気を遣うのだろう。

 それは彼を自殺寸前まで追い詰めた僕からすると、とんでもなく甘美な言葉だ。

 ――だから、謝罪も、話したいことも、飲み込む。

 大切な人を傷つけた自分自身を赦せないから、この罰を一生、背負うのだ。

 ごめん、とアキナシの軽く謝る声は、どこまでも穏やかだった。じんわりと胸が温まる。こいつに縋ってしまう人間の気持ちが嫌というほど解る。気持ちが変わってしまう前に、本題を切り出した。

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