第29話
「なんで、なにもしない? おまえが、嫌いな、憎んでいる人間がいるんだぞ、目の前に! あのときのように殴れよ、殺せよ! オレを!」
唾をまき散らしながら喚く。駄々をこねる子どもに、十夜は白けた表情を向けていた。
吉永が繰り返し言っていた『あいつ』の正体が十夜なのは明らかだ。だが、その目的が読めない。耳で捉えた情報を、頭の中で処理できない。
「こんなの、怖くもなんともないよ。白夜が美術室の幽霊云々のときに言っていた言葉を忘れのか? ――自分が理解できないから恐怖するんだよ、この単細胞」
落ち着いた声が鼓膜を揺らす。ただその言葉だけで、自分の内側に巣くう恐れが薄まっていくのを感じた。そこで見てろと言いたげに俺を一瞥すると、十夜は言った。
「動機が知りたい、か。確かにそれは白夜と同じだよ。けどさ、おまえの空白は埋まってたんだ。答えは
いいよ、おまえが認めないなら、僕が暴いてやる。被害者は――」
セリフは最後まで続けなかった。椅子が明後日の方向へ弧を描いて飛んでいく。派手な音がしたが、十夜は意に介することなく続けた。
「被害者は『偶然』選ばれた。だけど、おまえはそれに納得できなかった。……それで?」
十夜は猫のように目を細め、殺人鬼を捕捉する。
「歩いている獲物を選んで殺す、それが偶然の選出だった。身をもって実感したろ。なのに、なんで続けた? そこで終わればただの殺人だったのに」
「楽しかったんだ! 人を殺して、誰よりも強いって証明するのが!」
「違うね」
吉永の叫びを、鋭い声が遮った。
「ただ単に、おまえは実験結果に納得できなかった。だから繰り返した。繰り返して、罪悪感で押しつぶされそうだった。それを狂人のふりをしてやり過ごそうとした。楽しい、だなんてついさっき思いついた理由だ。三角。おまえは、ただ逃げるためだけに自分を偽ったのさ」
十夜は吉永に向けていた目線を、俺へと移した。
「ほら、別に怖くないだろ。そこら辺にいる子どもと一緒だ。物を壊して、それを隠したくて嘘を吐いている」
殺人鬼の鎧は、完全に砕かれた。数歩よろめき、吉永は顔を覆った。指と指の隙間から恨みがましい、射貫くような視線で見やる。
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