第35話



『えーっと、日鞠さんがいないので、俺が説明したいと思います』


 弱々しい宣戦布告が、イヤフォンから聞こえる。あのあと合流したハルナシの第一声は「自信がない」だった。サポートしてくれと懇願され、しつこい彼に面倒くさくなった。結局、情報共有のためにハルナシと通話は繋いでいた。もちろん探偵役は彼である。元々、裏方に回るつもりではあったが、どうやら美術室にはアイツもいるらしい。僕の名前を出さないことで交渉は成立した。

 僕は部室棟裏、脇の庭――白夜が事件に遭遇したところ――でしゃがみこんでいた。しっかりと草が刈り取られており、雑草を探すのに苦労した。片手に端末、片手に草を持っている。本当にこれで来るんだろうか。


『まず、事件現場の様子から。当日の美術室の様子です。窓ガラスが割られて、すでに四色のペンキがまかれ、キャンバスが浸っている状態でした。先に窓ガラスを割って入っていたのは藤野さんでした』


 で、いいんだよな? と小声で確認される。


「あってる。次。受付にある帳簿を確認したが、前日夕方・当日朝に鍵が借りられていた。当日夕方にも借りていたが、それは当日事件が発覚していたから、室内にペンキをまくタイミングは前日か当日になる。

『受付にある帳簿から前日の夕方、当日の朝と夕方に鍵が借りられていたことが確認できました。だから、前日の夕方か朝にペンキがまかれていたことになります』

「幽霊騒動があったな。夕方、美術室に幽霊が出るっていう」

『あぁ、あったな。あれは人払いのために犯人が流した噂じゃないの?』

「幽霊騒動が流れたのは去年からだ。今回の犯行とは別件だ。とにかく、その時間には人が寄り付かなかった。そして、前日の夕方には犯行は不可能だ」

『え、なんで?』

「おい。ボイスレコーダー聞いたのか? 幽霊騒動を確かめようと夕方には部室内にはオカルト研究部がカメラを仕掛けてただろ」


 納得した様子で、彼は話を続けた。


『美術室には幽霊の噂があり、夕方になると部室内にはオカルト研究部がカメラを仕掛けていました。なので夕方の犯行は不可能です』


 がさっと茂みが揺れた。僕は左に持っている草を左右に揺らす。人慣れしているのか警戒せずに釣れた。とてとてと足音もなくこっちにやってくる。そのまま僕の前に座る。金属音がした。なるほど、あのまとめのときに覚えた違和感はこれだ。僕はひとり頷くと、ソレと目を合わせた。


「つまり犯行は当日の朝になる。どうやってやったか、だが」


 僕は仕掛けについて説明する。


「まず、ペンキの残量を少なくしておく。もともと、美術部にあった小さいペンキだ、それをレーザーポインターを操って、倒させた」

『倒させた? 犯人は二人いるってことか』ふんふんと電話越しで頷いている。『倒したのは誰なんだ?』


 僕は息を吐いた。


「猫だ」

『はあ!?』


 ハルナシの素っ頓狂な声が電話を通さずとも、ここまで届いた。


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