第36話
耳が痛い。眉間を抑えながら僕は続ける。
「だから、猫。小窓から猫を入れて、レーザーポインターで誘導して三色のペンキと作品を倒させたんだ」
反応はない。まだショックから意識が戻っていないようだった。が、数秒後、諦めたように彼は同じ説明をした。半ばやけくそな探偵の推理に、美術室がざわつく。
「……一人、猫アレルギーのヤツがいるはずだけど」
『たっ、丹先輩! 最近、美術室に入るとくしゃみが止まらないとか、あります?』
丹とやらは、探偵が言わんとしたことをすぐに理解したらしい。
『あった。――おい、まさかそういうことか!? 日常的に猫をこの空間に入れてったのか?』
飛び交う疑問が、その怒鳴り声で一斉に消えた。もはやその沈黙が、答えだ。
美術室に猫を入れていたのを丹本人以外は把握していたのだ。
『……なんで、そんな回りくどいことを?』
「直接訊けば? そういう思考は僕じゃない。それで、だ。夕方になったけど猫は逃げなかった。ペンキまみれの中を自由に歩き回ったら、足跡もつく。そうして、箱に入った」
その答えに納得した様子はない。唸り声に近いものを喉から漏らしながら、彼は言った。
『当日の朝にペンキ缶を倒させて、キャンバスを落下させる。それをすべて猫にやらせました。作戦は成功。あとは猫さえ外に逃すだけだった。けれど予想外なことに、なかなか出て行ってくれない。猫が箱の中に入ってそのまま夕方まで出てこなかった』
「計画通りなら、本来は自分が第一発見者となり、どさくさに紛れて猫を逃がして小窓を閉め、で終わるはず、だったんだが」
『藤野さんか』納得したように頷く。『彼女が猫の足跡を見つけたんだね』
『そんなわけないでしょう!』
僕が口をはさむより前に、美術室には藤野の叫び声がこだました。
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