第37話
『証拠がないわ――この事件で猫がいたっていう、証拠が!』
それならある。事件からだいぶ時間が経っているが、どういうことかこれは隠滅されていない。こいつが水嫌いなのか、単なる気まぐれか。どちらにせよ、ペンキが落とされていないのは好都合だった。
僕はゴロゴロと喉を鳴らす猫を見つめる。写真に収めようと、適当に画面をスライドさせる。カメラのアイコンをタップすると、小さい画面にいっぱいに猫が写された。これで写真は撮れる。問題はどのボタンを押せばいいか、だ。とりあえず、白いマークを長押ししてみる。シャッター音が連続で鳴り響いた。
それは通話の主にも届いたらしい。
『なんで連写したんだ、指どけろって』
小声で叱責され、言われたとおりにする。連写モードは解除されたらしい。カメラロールに並んだ、同じアングルの同じ写真を一つ選ぶ。一匹の猫、足には三色のペンキ。証拠としてはばっちりだ。
「証拠は確保できた。おまえの端末に送れないのが、問題だけどさ」
探偵はあくまでも電話の相手。僕が表舞台に上がっていないのは、事件を調べていたアキナシと出くわす危険性を回避するためだった。……まあ、あいつと決別してなくても。こんな無駄なパフォーマンスに時間なんて割きたくはない。
「要は、美術室に猫を招いていた証拠があればいいんだ。件の箱は?」
『見た限りない。まあ、とりあえず、やることはやってみる』
なにを、とこちらが訊ねるより前に足音がした。通話をつなげた状態だから音しか入ってこない。画面に時間が刻まれていくのを、僕はじっと見つめていた。靴音しかしない。
少しして『やめて』という藤野の声に被さるように、木材が壁に当たる音がした。
『絵の裏に、これは……チュール?』
近くにいるのか、胡屋の呟きがはっきりと聞き取れた。
「なんでわかったんだ?」
『どうしてわかったの?』
僕と藤野の声が同時に質問を投げかける。
『消去法です。美術部が日常的に使う場所――例えば、備品入れの引き出しは丹先輩も見る、机は不特定多数の人間が、黒板は先生が使う。それに、缶詰はかさばるから美術室内にはないと考えました。普段は誰も触らない場所、ってなったら絵画の裏だったってことです』
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