第38話

『ふぅん。確かに猫がいた証拠はあるね』


 胡屋は納得した様子だった。


『けどさ、藤野さんを援護するわけじゃないが、この件でも猫がいた根拠にはならない』

『証拠ならあります』


 ずいぶん大きく出たな。そう感心したら急に走る音、次いで窓を開ける音がした。もしかして――真上へ顔を向ける、そこには、息を切らしてこっちに手を伸ばす男の姿があった。馬鹿、と怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、僕は端末を渡した。代わりにあいつのが手に収まる。


『ここに!』


 ……多分、全員が全員、窓の外に協力者がいることを確信しただろう。


『ほんとだ、足にペンキが付いてる』

『しかも緑以外の三色』


 口々に感想を言い合っていることから、写真を見ているんだろう。ため息をひとつついた。とりあえず、こちらの存在に触れられないのはラッキーだ。

 犯人は『猫は美術室に猫がいるのを知っている』、ポインターの配置を知っていることから『美術室に詳しい』、鍵の交換ができたことから『朝練に参加する』、『猫の習性をよく知っている』属性を持つ人間になる。


『犯人は藤野、きみなの?』

『違います! 私じゃありません』

『挙動不審だったって話だけど?』

『そ、それは……猫の証拠を隠すためです。私、そんなことはしていません!』


 その場にいないためなんとも言えないが、藤野に疑惑の目が向かっているらしい。嫌な空気を壊すように、パチンと手を叩いた者がいた。


『違います』


 声高々に、彼は否定した。


『藤野さんには仕掛けを仕込む時間がないんです。そもそも朝練時に仕掛けられたのなら、彼女にはその時間に友人達といたというアリバイがあります』


 彼はほかから突っ込みが来る前に片をつけるつもりらしい。早口でまくし立てた。


『それに、ペンキの仕掛けは事件当日の朝練で入れ替わった鍵は、ここに』


 チリン、と金属片を掲げる音がする。


『それは、棚の鍵だ』丹の怪訝そうな声が聞こえる。『どこにあった』

『レーザーポインターと一緒に入っていました』

『なるほどね。見た目もほとんど同じだから、確かに入れ替えられてたら、わからない……かも』


 胡屋の声が途切れる。


『まさか』

『犯人は美術室に詳しく、朝練で鍵を入れ替えることができて、仕掛けを置くことができ、美術室を訪れる口実がある人間です』


 静まり返る。探偵は、犯人の名を口にした。


『どうして自分の絵を台無しにする真似をしたんだ、黒戸くん』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る