第39話
犯人は黒戸。つまり、自作自演である。
『どうして、かぁ』
それまで無言を貫いてきた黒戸が口を開く。どことなく諦めたような声色だった。すぐそばでボタンを押す音がした。あいつが僕との約束を覚えていれば、ボイスレコーダーだろう。
『描くのが嫌だったんだぁ。あの絵はー』
のんびりとした口調ながら、言葉には強い意志を感じた。誰かが息を呑む音が聞こえる。沈黙を破ったのは、藤野だった。
『あの絵は、コンテスト用のものだったでしょう? それをなぜ』
『ぼくが猫をモチーフに絵を描いてること、皆、知ってると思うんだけどー。それを講師が最近、絵がワンパターンだからやめろって。せっかくだから童話、白雪姫をモチーフにしろって。しつこくてさ』
出たな、シラユキヒメ。結局なんなのかはわからずじまいだけど、どうでもいい。
『そもそも今回のコンテストだって、無理矢理応募させられたしー』
『確かに断りもなく毎回応募されてるよね』
フォローしたのは胡屋だ。
『そのコンテストもさぁ、僕のジャンルだけど違和感があったんだぁ。調べたら、講師のおじいさんが主催のやつで……。ああ、そんな顔も知らないヤツのために、自分を曲げてまで絵を描くんだって思ったら――嫌になっちゃった』
『……それが動機?』探偵が不思議そうに問う。『嫌だったからっていうのが?』
『うん』
『そんな、ことって』
「猫を使ったのは、なんでだ?」
『……猫を使ったのはどうして?』
一瞬の間はあったものの、黒戸は答えた。
『小道具のひとつだよ』
その答えで、僕にとって最後のピースが埋まった。多分こいつにとってトリックなんて、ただの装置に過ぎないのだろう。だからあんなお粗末なものだった。犯人が自分だと明らかになって、講師と顧問にどうしてこんなことをと詰められる。そうしたら、自分の不平不満を伝えればいい。……運悪く、こうして面前で暴かれてしまったせいで公開処刑のようになっているが。
しんみりとした空気を、怒気をはらんだ声が切り裂いた。
『おまえ、それはわがままじゃねーの?』
『なんでそんなことが言えるの? 丹になにが、解るのー?』
丹に怒りをぶつけられ、黒戸の声も重くなる。
『そんなの言わなきゃわかんねーだろ! おまえの茶番劇に巻き込まれた
『は、なにそれ?』
『おまえが意気地なしだって言ってんだよ。描きたくねーならハナからそう伝えりゃあよかったんだ!』
売り言葉に買い言葉、ナイフをお互いに突きつけあっているように緊張感が高まっていく。僕はため息をついた。やることは済んだ。
「おい」電話口でささやく。「返せ」
『あ、ああ』
現在進行形で進む口論に、呆気に取られていた様子だった。
それでも窓から腕が伸びて、無事に彼女の端末が戻ってくる。通話を切る。画面を拭きながら、僕は中腰になって歩き始めた。
通話履歴から電話番号を消すと僕は一人、校舎へと向かった。
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