第31話
「あ、そうだ。日鞠さん、美術室の件って覚えてる?」
「はい、覚えています」
随分前のことのように感じるが、はっきりと覚えていた。
「その件、ボイスレコーダーにまとめたんだ。よかったら聞いてくれる?」
「もちろん」
私が頷くと、衣擦れの音がした。「手、出して」という言葉通りに従えば、私の手のひらに金属がぽん、と置かれた。自分の手に戻ってきたものを確かめていると、冬夏君が言った。
「日鞠さんが言ったんだからね。『黒戸さんの絵をこんな風にし、美術室を荒らした犯人の動機です』って」
「声真似しなくても覚えてます」
拗ねた私に、冬夏くんは「ごめんごめん」と笑いながら謝った。
「わざわざ用意していただき、ありがとうございます。聞いてみます」
「ううん」
しばらく間を置いて、彼はこう告げた。
「――また、明日ね。日鞠さん」
その声は、少し照れているようにも感じた。
冬夏くんは私にペットボトル飲料やゼリーを渡すと、そのまま「お邪魔しました」とスマートに去っていった。体調が悪いという情報を聞いていたらしい。さすが、学園の王子様と呼ばれるだけあって気遣いができる。
「また明日、か」
口元が緩んでしまう。我ながら子供っぽいと思うが、その言葉だけで学校が楽しみになってきてしまった。
とりあえず貰ったものを冷蔵庫にしまい――テーブルに置いておいたボイスレコーダーを手にする。再生のボタンを手で確認すると、強く、押した。
『四月二十二日。これは兄さんが追加調査した分。
ひとつ、鹿束くんと己家くんの二人には事件前後にはアリバイがある。互いのアリバイを保証している。……もちろん、共犯の可能性もあるけど。朝はそもそもこの二人は部活に来なかった。藤野さんはほかの友人と一緒に登校して、そのときに朝練中止の連絡を受け取っている。朝のアリバイはある。
ふたつ、黒戸くんの作品モチーフは猫が多い。実家で猫を飼っているらしい。学校新聞のインタビューで答えている。ちなみに丹先輩は猫アレルギーなんだって。
みっつ、部室棟には正面入り口の反対の場所に非常口と裏口がある。そこには園芸部の花壇があって当日朝には掃除で人がいた。そして誰も通っていないことを証言してくれたよ。
よっつ、幽霊の噂について。去年から流れているから、たぶんこの事件とは無関係かな。オカルト研究会の動画撮影のときには、太陽光で影響が出るとかなんとかでドアも窓も、黒いカーテンを全部締め切ってるんだって。……で、事件前日の夕方の映像には怪しい人影もなにも映っていなかったらしい。
いつつ、朝練の参加者はだいたい固定されている。丹先輩、胡屋先輩、
……なぜ、ここで冬夏くんのお兄さんが出てきたのだろう?
私は首をかしげながらも、再生ボタンを何度も何度も押しては止めて冬夏くんの語りに聞き入る。
そうしてどのぐらい時間がたっただろうか。俯かせていた顔を、ゆっくりと上げた。口角が上がっているのを感じる。謎を解いたという高揚感。ドッペルゲンガーの時と同じ、物的な証拠はない。
だけど――たぶん、この人が犯人だ。
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