第30話


「俺なりに、日鞠さんが学校に来なくなった答えを見つけたんだ」

「はい」

「目が見えないから。俺のその発言だね」


 それは問いかけではなく、断言した口調だった。きっと、長いこと考えていてくれたんだろう。私は無言で頷いた。


「体育の時にちょうどすれ違ったときに聞こえちゃったんだよね?」


 ――じゃあ、なんで一緒にいるんだ?

 ――目が見えないからかな。

 そこのやり取りは今でもはっきりと思い出せる。


「続きがあるんだけど、よければ聞いてくれる?」

「はい」


 彼は一拍の間を開けてから話を始めた。


「俺さ、顔いいんだよね」

「……それ自分で言ってしまうんですか?」

「もちろん。だってそう言われて育ってきたし」


 だからさぁ、と退屈そうな声が続ける。


「顔目的で寄ってくる人間が多いんだ。誰も彼も俺をアクセサリー目的でしか見てなくって。友達からあわよくば彼氏に! なーんて下心見え見えの女子とか、俺とつるんどけば顔のいい女の子と付き合えると思ってる男子とか、ごまんといた。俺も俺で求められた役割にあった生き方をしちゃったからいけないんだけどね。

 そんな時に日鞠さんに会えて、純粋に嬉しかったんだ。すごく身勝手だけど、目が見えないからきっと俺の”中身”を見てくれるだって。実際にその通りだった」


 彼はそこで言葉を切った。


「だから、一緒にいるのは俺の中身を見てくれるからってわけで。誤解を招くこと言っちゃって申し訳ない」


 聞き終えた私は、何を思ったのか衝動的に言葉を吐き出した。


「私、中学生ぐらいから目が見えないんです」

「うん」

「白杖を持っているし、他の人から見てそれは明らかなことです。だから、よく配慮を超えてひいきされたり、反対に避けられたり。ちょっと動こうものなら危ないと言って変わられることも、”目が見えない私”を成績や心象のために使われることもありました。

 でも、冬夏くんはそんなことはなかった。ちゃんと私を”日鞠 白夜”として見てくれる。私が動こうとしても危ないなんて言わない。ドッペルゲンガーのときみたいに意見を聞いて、ちゃんと提案してくれる。私の意思を尊重してくれた。私もあなたに会えて、嬉しかったんです」


 冬夏くんは何も言わなかった。唐突な自分語りに驚いているに違いない。冬夏くんが明かしてくれたこのタイミングで便乗するように話すことではなかった。これでは強制的に「同じなんだね」と言わせるようなものではないか。ぐるぐると思考が同じところを廻る。

 まだ冬夏くんは何も言わない。不快にさせただろうか。私ははじかれたように顔を上げた。


「す、すみません。急に! 同じって言ってほしかったわけではなくて、許されようとも思ってなくて、その――」

「ごめんごめん、驚いてたんだ」


 私のしどろもどろな発言は、冬夏くんの明るい声で中断された。


「日鞠さんも俺も、似た者同士だったんだ」


 ふ、と彼の声色が柔いものになる。


「うん、道理で日鞠さんといると安心するわけだ」


 衝撃的な言葉に、私は口を閉じたり開いたりを繰り返す。そんなこと言われたのは初めてだった。顔が赤くなるのを感じる。

 冬夏 秋人はベクトルは違えど、私と同じようなことを思っていた。”自分を見てほしい”という願い。

 言葉の表面だけで、彼の本心を知ろうとしなかった。傷つきたくないから保守的になって、相手から聞く前に逃げてしまったんだ。そう実感する。そこでようやく落ち着いて、私は頭を下げた。


「ごめんなさい。あの時、ひどいことを言ってしまって」

「ううん。いいよ」


 終始、冬夏くんは穏やかだった。

 謝罪は私の自己満足でしかないし、やってしまったことは覆らない。ここからの行動で私への心象は変わるだろう。そのための第一歩として明日、怖いけど学校に行こう。

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