第24話
「――すごいな。いや、警察が無能なのかな」
視聴覚室に、場違いな拍手が響く。私は、音源の主に問うた。
「あっているということでよろしいでしょうか」
「うん」
問題を解いた生徒を褒めるように、吉永さんの口調は穏やかだった。
「足を切りつけたのは?」
「身長と体格差の問題です。最初に足を、相手がバランスを崩したところに腰を刺し、首を切る、ということです」
「そこまで見抜いてたんだ。あってるあってる」
ふーとゆっくりと息を吐き終えると、吉永さんは言った。
「最初はさ、ただの散歩だったんだよ。寮ってね、規則が厳しくて息が詰まるんだ。学校の行く時間も、帰ってくる時間も全部、制限されている。それが嫌でさ、こっそり叔母さんに頼んでこっそり抜け出していたんだ。夜風は気持ちいいし、バレたらやばいかなってスリルもあって」
懐かしそうに語っていた声が曇る。
「だけど、次第に通り魔事件に逢った日がフラッシュバックするようになった。叔母さんによれば催眠療法で忘れさせてたらしいんだ。それからさ、おかしくなったのは。寝ても覚めてもずぅーっと頭からあの惨劇が離れない。もう気が狂いそうだった」
少女の回想は、考えていたよりも凄惨なものだった。閉じ込めていた記憶が、ふとしたきっかけで掘り起こされ、延々と苛まれ続ける。外部からの刺激であれば遮断すればいいけれど、内部からのものは対処しようがない。眠るぐらい、だろうか。
「俺が知りたいのはそんな過去なんかじゃない。なんで、兄さんを襲ったんだってことだ」
冷ややかな声が吉永さんに問いかける。
通り魔事件の性質上、冬夏くんの質問に意味はない。これは彼にとって吐き出さざるを得なかった感情なことは、私にも解った。
だが、それは殺人鬼には効いたようだ。
「それは冬夏だって、気づかなくて……。嘘じゃないんだッ!」
甲高い叫びが視聴覚室にこだまする。反響した声が消えたころ、吉永さんは正気を取り戻したようだった。
「二度犯行現場であいつに
呪詛のような低い声に、私はたまらず耳をふさいだ。
「一体、誰の話をしているんですか」
「きみだよ、日鞠 白夜」
「なにを、おっしゃっているんですか。私は、犯行現場に訪れたことなんて――」
――ない。
断言はできない。過去の出来事が、それを証明している。私は己の肩を抱き、荒い呼吸を繰り返す。
「あぁ、やっぱり学校を舞台にしてよかった。少し強引だったけれど、これならあいつを呼べるはず」
主導権が吉永さんに戻った。それを肌で感じつつも、頭が思考を放棄していた。
「ところで、ここにいる逢瀬って知ってる?」
「いいえ」
勝手に口が動いた。
そう、知らない。私はそんな人、知らない。おかしくはない、なにも変なところはない。
それでいい、それでいいのに、私は答えてしまった。
「なに……なにを言っているの? 私達は、あなたに――」
困惑した様子の逢瀬さんがなにかを続けようとした。だが、それはほかならぬ彼女の悲鳴に遮られた。その声をかき消すように「吉永!」と冬夏くんが怒鳴る。事態が好転していないことはわかる。
余力を振り絞り、私は吉永さんへ向き直った。全身がみっともなく増え、呼吸もままならない。もしかすると、この答えが私の欠落を埋めてしまうかもしれない。
それでも――私が
「吉永さん。なぜ、あなたは通り魔事件を起こしたのですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます