第17話

 *


 俺は自室のベッドの上で、胡坐をかいて思考にふけっていた。


(兄さんは、なんで通り魔のいる街へ繰り出したのだろう?)


 片割れの奇怪な行動を確かめるには――俺は自室の右の壁、兄の部屋のほうを見た。俺はベッドから立ち上がり、鍵を取ると兄の部屋へ向かった。握りしめたドアノブはひんやりと冷たかった。回して押せば、すんなりと開く。部屋の構造は俺と同じだが、家具類はシンプルだった。

 小さい頃から兄貴は、日記をまめにつける人間だった。

 となると、この部屋のどこかにあるはずだ。性格を考えるのなら、きっと机の引き出しの下段、鍵付きのところだ。兄弟揃って物持ちがいいから、机は小学校のときから同じもの――つまり、俺の机の鍵でも開けられるはずだ。

 自室から持ってきた手のひらの小さな、小さな金属片を見つめる。俺は息を吸って、吐き切った勢いで鍵を開けた。

 なんの引っかかりもなく、中身が明らかになる。そこには、予想通りの光景があった。何冊ものノートから左端のものを取れば、表紙には几帳面にも日記の開始の年と終わりの年がマジックペンで書かれていた。小学校の夏休みからつけているらしい。パラパラと中身をめくる。そこには本当にその日の出来事が一文、二文と短く書かれていた。

 俺は歯を食いしばって、一番新しいノートの中に視線を落とした。震える手でページをめくりつつ、文字を目で追っていく。十夜と出逢ったときのことが、事細かく記載されていた。雨の夜に殺人現場で遭った着物姿の人物、そして再会。そこから無味無臭だった日記が熱を持った。こちらが赤面してしまいそうになるぐらいの好意で溢れている。


(……兄さんのソレは、錯覚だよ)


 好きと憧れが混ざっている。

 なんでもYESを出してしまう兄さんの性格上、十夜のようなすべてを跳ねのける強者に憧れるのはわかる。十夜の振るう暴力に見惚れてしまうのも。……妙なことに、俺も似たようなものだから。周りに流されず我を貫く人間が眩しくて仕方がない。

 けれど、それは好きではなく憧れだ。例えば十夜がすべてを受け入れられる人間にってしまったら、その感情は醒めるだろう。

 俺がどう思っていようが、彼は夢を見ている感覚だったようだ。

 しかしその幸せは、あるページを境に途絶える。どうも十夜と喧嘩をしたらしい。後悔と謝罪が乱れた筆跡でひたすらに書き殴られていた。俺はそのぐちゃぐちゃになった文字列をどうにか解読し、動機を導き出した。


「あいつの、きずになりたかったのか。あんたは」


 口に出した結論は、あまりに馬鹿らしく、あまりに切なかった。

 そうだとしたら、なんて分の悪い賭けだろう。自分が死んでしまったら成果はわからずじまいだ。もしや、それも含めてなのだろうか。兄さんがなにを考えていたのか、想像にゆだねるしかない。

 だけど、ひとつだけ文句を言わせてほしい。


「言葉にしなきゃ伝わんないつってたの、誰だよ」


 *

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