第2話
*
「
俺は飲んでいたお茶を吹き出しかけた。
なんとか飲み込み、手でストップをかける。
「ごめん、その前に俺から良い?」
「もちろんです、どうぞ」
かしこまった様子で語りかけてきた彼女と向き合う。パイプ椅子がきしむ音がした。
四月から隣の席になったクラスメイトだ。担任の「冬夏争奪戦を避けるため」というわかるようなわからないような、彼女にとってははた迷惑な理由で俺と同じ委員になった。
綺麗な人、だと思う。栗毛色の髪の毛に、中性的な雰囲気。学校指定のカーディガンにスラックスの制服。それ以上に目を惹くのは、白杖だろう。瞳は閉ざされ、その色はうかがえない。
強烈なのはその性格だ。
今みたいに自身の中で結論を出して、突拍子のない行動を取ることがあった。
「なんで名前呼び?」
「……趣向を変えました」
そんな雑な理由で貴重な異性からの名前呼びイベントを消化しないでほしい。
俺が口を開く前に「では、次は私ですね」と話を進められてしまった。
「なぜ、今日の六限目に三分遅刻してきたんですか?」
(でたな)
内心、俺は苦笑いした。
日鞠 白夜は、貪欲に他人を知りたがる。彼女の琴線に触れた行動すべてに「なぜ」と理由を問われるのだ。そして納得するまで解放させてもらえない。
人間の適応力はすさまじいもので、一週間もすれば彼女のなぜなに攻撃には慣れた。要は、問われた段階で彼女が納得する理由を端的に答えればいい。こう言う風に。
彼女の発言は事実だ。俺はある理由で六限目に遅刻した。
「トイレに行ってたからかな」
「嘘ですね」
早くない?
「なぜ今、そんな嘘をついたんですか」
「ぶった切ってごめんね、日鞠さん。だけどその前に、俺が嘘をついていると思った理由を聞きたいんだけど」
「はい」
そんなことか、と言いたそうに彼女はゆっくりと頷いた。
「六限目の数学は、めんど――訂正します」
「訂正するの遅いぐらいに本音出てたよ」
咳ばらいをひとつして、彼女は続けた。
「大変、面倒くさい先生です。特に時間厳守のところが。冬夏くんがあと二分戻られるのが遅ければ遅刻、つまりその日の授業に欠席とみなされました。
私たちは入学してから半月しか経っていませんが、その理不尽さは身に染みているはずです。実際に数学の前、つまり五限目の体育の授業は事情をくみ取ってくださり、少し早く終わりました」
彼女の言葉に異論はない。
数学のおじいちゃん先生はルールに厳格で、生徒からの支持がダントツに低い。どのような理由があったとしても欠席になる。比較的厳しめとされる体育の先生も融通を利かせるレベルで、おじいちゃん先生のルール順守無双は浸透していた。
だから「数学だけはチャイムが鳴る前、あるいは同時に席に座る」。そんな暗黙の了解が出来上がっていた。これは学年問わず、どこのクラスでもそうだろう。
「あの先生、どうにかならないかな」
「二年ほどで定年だそうです」
「それは悪いニュースだ」
「それよりも」
話題をそらすのに失敗した。
「なぜ、リスクを冒して数学の授業に遅れてきたのですか」
「……これはもう、白状するしかないかな」
俺はため息をついた。
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