第7話
*
通り魔事件があっても世界は廻る。
週明けのホームルームで注意喚起をされ、クラス全体が浮ついた空気になる。最初はあれこれ憶測を立てていたクラスメイト達も、最近は「怖いね」の一言で終わるようになった。学校も普段通りに授業が行われていく。誰も彼も画面の向こう側で起こっている出来事と認識しているらしい。
俺は頬杖をつきながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
ニュースによれば金曜日の二十一時四十分ごろ、十代男性から「知らない人から刺された」と通報があった。現在は意識不明の重体で、病院で治療を受けている。警察は回復を待って男性から話を聞く予定。「これまでの通り魔事件と関連付けて調査を進めている」……そんなお決まりの言葉で締めくくられた。
「てかさー、例の通り魔。さっさと捕まんねーかな。妹迎えに行けってうるせーんだよ、親が。妹は妹で来るなっってさー。めんどくさいんだよね」
「大変だな」
俺の感想に文句を垂れていた
「冬夏は良いよなぁ、仲良くてさ」
「そーだそーだ」
白樺の言葉に、俺の隣に座る
「こないだ始業五分前に冬夏が兄ちゃんに数学一の教科書借りに行ったの知ってるぞー。めっちゃ怒られてんの教室から見えてウケた」
「うわ、お前それ内緒って言ったじゃん! 口止め料の肉まん返せっての」
俺と帆波がぎゃいぎゃいと騒いでいると、
「僕は別に捕まんなくてもいいけどなぁ」
「なんでさ」
「彼女がさー、怖いから一緒にかーえろ! って甘えてくんの」
「シンプルにのろけかよ」
「殴らせろ」
昼休みの食堂は学食を求める生徒でごった返している。椅子取りゲームに勝利した友人らとともに、昼食を食べていた。今日はランチのAセット、生姜焼き定食だ。
「つか、冬夏ー。お前よく調理実習やった後なのに食べれるな」
「あー……。普通に足りないし、育ち盛りだし」
「理由になってんの?」
話と食事に夢中で、俺はテーブルに歩み寄っている人物に気づかなかった。
「冬夏くん」
目を上げて俺は思わず席から立ち上がりかけた。
そこにいたのは二重先輩……と、傍らには付き添いなのか男子生徒が立っている。彼の値踏みする視線に瞬間的に怒りが沸いた。が、先輩の手前、穏やかな顔を努める。
「おつかれさまです。先輩」
箸を置いて、軽く会釈をする。
「俺に何か?」
「ご飯時にごめんね、ちょっと話があってさ。今日の放課後、予定ない?」
何のことだかすぐにピンときた。昨日の件だろう。
「今のところは。……日鞠さんにも話、通しておきましょうか?」
「さすが私の後輩! 頼んだよ。じゃ、生徒会室で」
ひらり、と先輩は手を振って立ち去った。
一瞬の間。先輩の姿が他の生徒らに覆い隠されたころ、誰かが口を開いた。
「なんだよなんだよー。隅に置けませんぁ」
俺が再び生姜焼き定食を食べようとした途端、軽く小突かれる。
「って。なんだよ」
「二重先輩って言えば、うちの文化祭のミスコン去年優勝者だろ」
「高嶺の花じゃん」
「そんなお方に誘われるとわねー」
にやにやと生ぬるい目を向けられる。なんだ、そんなことか。
「俺だけじゃなくて日鞠さんも誘われてるし。てか、先輩、彼氏いるし」
先の静寂とは違う意味での沈黙が舞い降りる。
「嘘だろ」
「隣にいたやつ?」
「噂だとね」
「マジか」
口々に悲鳴が漏れる。わざわざ食器をどけてまでテーブルに突っ伏したり、顔を覆ったりとリアクションは様々だ。少々、いやかなりオーバーすぎるかもしれないが、男子高校生なんてこんなもんだ。
「そりゃまあ、あんだけかわいい人に彼氏がいないほうが驚きだし?」
「あの二重先輩だぜ? もっと彼氏ハイスぺだと思うじゃん」
「隣の奴だったら先輩と身長一緒だし、俺の方が顔マシでは?」
「そのセリフが出る時点で性格が終わっているから駄目じゃね」
つかさー、と思い出したかのように帆波が口にした。
「今の、噂のドッペルゲンガーだったりする?」
「んなわけねーじゃん」
「僕の友達見たらしいけど」
「やば! マジで?」
「写真撮っとけばよかった」
俺たちにとって、二重先輩のドッペルゲンガーの噂も、今も被害者が出続けている通り魔事件も、同じレベルの話だ。現実味もなく、ただの噂話。良く言えば楽観的、悪く言えば危機感がない。
二重先輩の恋愛話――先輩のタイプがどうとか、振った男は百人を超えるとか、本当にどうでもいい話――をしながら昼食を食べ進めた。
結局、雑談のせいかいつもより遅い時間に昼食を食べ終えた。
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