第9話

 待ち合わせ場所に到着した俺は、あたりを軽く見まわす。待ち人はいない。

 昨日の監視の件と可能性はいったん置いておこう。日鞠さんから話を聞くときにだけ頭の片隅に入れておけばいい。いくら彼女とはいえ、図書館の新聞に手を加えるなんてことはできないだろうし。

 自動販売機で買った水で喉を潤し、端末で時間を見る。


(もうそろそろかな)


 改札を見やり、知った姿を探す。

 ……びっくりするぐらい絵になっていた。

 春らしい淡いピンク色のニット、タイトな黒いスカート、白いスニーカー。十夜が着物姿だったから、日鞠さん和服だと思っていたが違うらしい。テンプレートな制服とは受ける印象が百八十度違う。こちらのほうが服装も相まって可愛らしい――気がする。

 彼女とすれ違う男共が鼻の下を伸ばしているあたり、俺の観察眼に狂いはない。変な虫が付く前に大股で迎えに行った。


「日鞠さん」頭からつま先まで、目の前の人物を見る。「だよね?」

「ほかに誰がいるんです」

「いや、雰囲気違うからさ」


 言っている意味がわからない、とでも言いたげに彼女は肩をすくめた。


「では、行きましょうか」


 日鞠さんの一言で、俺は歩き出した。目的地は図書館だ。


「八件目があったそうですね」


 朝、ニュースで報じられていた内容を思い出す。


『午前一時二十六分、女性が倒れていると通報があり、警察官が現場に駆け付け、その場で女性の死亡が確認されました。遺体には両足、腰、首に鋭利な刃物で刺された箇所があり、警察は身元の確認を進めるとともに――』


 映像を見るに、場所はうちの学校近くの踏切だった。くしくも兄が刺された場所に近い。


「ああ、らしいね」


 昨晩、俺が十夜を見たのは一時半。犯行を終えて帰ってきたとも、匿名の通報をして戻ってきたのだとも捉えられる。どちらの行動の結果なのかはわからない。……あいつが警察に連絡するなんて考えられない。

 ゆるい上り坂を二人で息を切らしながら歩く。等間隔で植えられた木々が風で左右に揺れる。図書館に到着すると、俺が先導して自動ドアをくぐった。古本特有の臭いはあるものの、それ以外は快適な空間だ。


「こっちだ」


 入口すぐ、カウンターそばの新聞コーナーへと向かう。いくつかの新聞社を選び、最終の日付を確認する。どれも一か月前の物しか置いていない。カウンターへと出向き、三月から現在――五月までの新聞を出してもらった。

 通り魔事件が起こっている日付だけのものを選び、余ったものは返却する。それでもかなりの数になってしまった。両手で新聞を抱え、広めのテーブルに広げる。

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