第8話


 ……かなりの時間が経過したが、十夜の姿はいまだに現れない。

 今日は外に出る気はないのだろうか。張り込んでから二時間、そろそろ引き上げようかと俺が体勢を変えた瞬間だった。


 視界の端に人影がうつる。


 反射的にそちらを見れば、人影があった。慌てて再度電柱に身を隠す。周囲に明かりがないせいで、暗くてよくは見えない。でもあのシルエットは確実に着物だ。息を殺し、電柱から行動を凝視する。

 運よく電灯の真下を通っていく。その顔を認識した瞬間、殺意に近い怒りが湧きあがった。


(兄さんを刺しておいて、どうしてあんなに平然として生きているのだろう?)


 燃え上がる感情とは裏腹に、俺の足は縫い付けられたように動かなかった。俺は唇を噛みしめ、しかとその動向を記憶する。

 十夜は俺に気づいていない様子でマンションの中に入っていった。そのまま階段を上がり、四階の廊下で出てきた。四つある部屋のうちの十夜が出てきた階段側、つまり左側から三番目の部屋が日鞠さんの家だ。

 聞こえてしまうんじゃないか、というほど心臓が早鐘を打つ。

 十夜は、日鞠さんの家で立ち止まった。しばらく立ち尽くしていたかと思うと、ドアが開かれ、その姿は奥へと消えていく。同時にドアは閉まり、あたりには静寂が訪れた。

 電柱に背中を預け、ずるずると腰を下ろす。俺は顔を覆って、深呼吸をした。


(同居しておいて十夜を知らない、なんてありえない)


 疑念は確信に変わった。やっぱり彼女は隠している。

 同居していてその存在を認知していない、なんてありえない。そのうえで俺に協力している理由。


(俺の動向を監視するため?)


 なら、それを逆手に取ろう。

 そっと顔だけを電柱から出す。もうそこには誰もいなかった。俺は決意を固め、帰路についた。


 *

 僕は自室に戻り、灯りは付けないまま、着替えを済ませた。それから着物をハンガーにかけ、クローゼットにしまう。それからベッドに潜った。布団を頭からかぶり、ガチガチと嚙み合わない歯を食いしばった。

 脳裏から、僕に向けられた殺気が焼き付いて離れない。

 今日の出来事を思い出そうとするだけで恐怖する。僕は両腕で己の身体を抱いた。僕自身の意思とは関係なく、震えている。きっと警察よりも先に、あの怪物は僕を殺しにやってくる。

 二度、犯行現場で視線を交差させた瞬間、幸運アンラッキーなことに殺人鬼ぼくの最期は決まってしまった。

 ――知らず、口角は上がっていた。


 *

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