第22話
心の中で描いていた最悪の想定が
状況を整理しよう。視聴覚室の扉はふたつある。ひとつは私のいるステージ側、そしてもうひとつが階段側、たった今閉められた扉だ。人質がいる以上、うかつには動けない。つまり吉永さんは、初めから事件を起こすつもりで逢瀬さんを連れてきたのだろう。
(なんの、ために?)
動機が見えてこない。……なんにせよ、今は欠けているピースを埋めるしかないのだ。
「へえ?」
緊迫した空気感を楽しむかのように、吉永さんの声は弾んでいた。
「驚かないんだ」
「驚いてはいます。まさか、こんな大胆な行動に出るとは、思っていませんでしたが」
「……その口ぶりだと、僕が犯人だと解っていたような口ぶりだね?」
「ええ。確証はありませんでしたが」
「わかっていながら、今の今まで行動を起こさなかったのか。きみぐらいの好奇心の持ち主だったら単身で僕の元に来てくれると予想してたのに、読みが外れたな」
拗ねるような口調に、私は冷ややかに返した。
「確証がない、と言ったつもりでしたが、聞こえていませんでしたか」
「聞こえてはいたさ」
私の挑発的な態度に、吉永さんは調子を崩す様子はない。どうにかして流れをこちらへ寄せたい。思考を回す。こんな状況にもかかわらず、私の意識は遠くにいったり、近くに戻ったりを繰り返していた。このまま消耗戦を続けていても埒が明かない上に、先に倒れるのはこちらだ。
手の甲をつねる痛みで、正気に戻る。
「吉永――本当に、ほんとに犯人、なのか?」
冬夏くんが、茫然とした様子で問いかける。その質問に、吉永さんは噴き出したようだった。愉しそうな笑い声が視聴覚室に響き渡る。
「まさか今までの日鞠さんとの会話を聞いていなかったわけじゃないだろう?」
「おちょくんな。質問に答えろ」
鋭く、怒りに満ちたその言葉は、私自身に向けられたわけではない。だけど、この体を硬直させるには十分だった。
「ふふ」
笑いをかみ殺し、吉永さんは宣言した。
「そうだよ、この僕が通り魔事件の――犯人さ!」
誇るように首肯した吉永さんに、冬夏くんは言葉を失ったようだった。
「それにしても、それが素? 怖いねぇ、王子様とあろう人間が」
吉永さんは鼻を鳴らした。
「まあ、僕もようやく殺人犯として話せるんだから、そんなもんか。……ああ、そういう意味じゃ同類だな、僕達」
冬夏くんに裏表はない。だけど、吉永さんは――言葉にしようとして、やめた。不用意なことを言って逆上させたくない。せめてこの事実は逢瀬さんを解放したあとに突きつけたい。
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