第13話

 休む間もなく移動する。待ち合わせ場所は、今朝俺達が落ち合った駅だった。

 道すがら、自身の父は刑事だから詳しい話を聞けるかもしれない、と興奮気味の日鞠さんから説明された。


(父親)


 以前、日鞠さんのボイスレコーダーを返却するために彼女の家を訪れたことがあった。日鞠さんの家での玄関先の記憶をたどる。パンプスやブーツがシューズラックに並べられていた。男物の靴はなかったように思う。

 もしかすると、十夜の靴は別で保管されているのかもしれない。そうまでして護りたい存在なのだろうか。とてつもない罪を犯しているというのに。犯人を匿っているから俺のように奪われる存在が出てきているというのに。

 目の前のスペースには乗用車が三台、止まっている。そのうちのどれかだろうとあたりを見回す。と、右側からクラクションの音がした。見やれば黒い自動車が止まっている。

 日鞠さんに声をかけて、はやる気持ちを抑えながら近寄った。運転席側のドアが開き、男が現れた。

 ……まったくの初対面、ではない。何度か喫茶店で見たことがある。常連客と言うわけではないが兄さんとよく話していた。世界は狭いなと実感しながら、俺はにこやかに自己紹介をした。


「お前が冬夏 秋人か。まさか双子だったとはな。言わんこっちゃない。人の忠告を守らないなんて」


 男は開口一番、そう言った。言葉とは裏腹に、その声に悲壮感はない。隣の彼女が口を開いた。


「冬夏くんのお兄さんと面識、あったんですね」

「ああ。三件目の事件の目撃者だ」

「えっ?」


 俺と日鞠さんの声が被る。知らなかったのかとからかう声を無視し、俺は慌ててノートのページをめくった。

 四月十五日、土曜日、夜。兄さんは家を出る前に「散歩してくる」と言っていたのは記憶している。そのうち雨が降って来たから、すぐに帰ってくるだろうと思っていた。予想に反して、なかなかドアを開ける音はしなかった。父も母も、もちろん俺も揃って家にいた。なのに、誰も疑問には感じなかったのだ。

 翌朝、兄さんを洗面台で見かけた。いつの間に帰ってきていたのか、と驚きつつ、朝の挨拶を交わした。たったそれだけで、俺達は日常に戻った。あの兄貴のことだ、きっと正当なわけがあったのだろうと呑気に考えていたのだ。しっかりしているから、大丈夫だって。

 ……馬鹿だ、俺。ちゃんと言葉にして問いただすべきだった。

 自身への怒りを鎮めるために深呼吸をひとつ、した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る