第14話

 男は成澤なるさわと名乗った。

 それから後部座席のドアを開けると、自分はさっさと運転席に乗り込んでしまった。日鞠さんと苗字が違うということは離婚しているのか? それなら、最近の様子は知らないだろう。うまいこと十夜の情報が得られるといいが。

 日鞠さんの後に続き、乗り込む。車内に顔を突っ込んだ瞬間、煙草臭さが染みついた独特の空気が出迎える。

 俺達がシートベルトをつけると同時に、車が動き出す。本当に隣に座る人と血がつながっているのか、と疑惑を向けてしまうほど荒々しい運転だった。


「で? なんの用なんだ、事件の犯人でもとっ捕まえるのか?」


 どうしたいのか。そんな初歩的なことを問われ、立ち止まる。エスカレーターに乗っかったときのように、とんとん拍子でここまで来てしまった。

 犯人が想定通りの人物だったとして俺は、どうしたいんだろう。

 思いっきり殴りたい? 問い詰めたい? 謝ってほしい?

 正直全部やったっていい。そのぐらいは許されるだろう。だけど――俺は自分に宣言するように、顔を上げる。


「なにもしません」

「ほう」ルームミラー越しに眉を上げるのが見えた。「どういうことだ?」

「俺の中で区切りをつけて、それでおしまいです。犯人のことについて考えるのなんて、時間の無駄です。俺は、今度こそ、ちゃんと兄貴と向き合わないといけないのだから」


 それが俺の目的だ。

 犯人がわかったところで、その次には進まない。


「情報を悪用しないと誓えるか?」

「もちろん」


 俺の言葉に、成澤さんは考え込んだ。それはそうだ、刑事という職業柄、ほいほいと一般人を巻き込むわけにはいかないだろう。


「いいぞ」

「はっ?」


 今、なんて?

 フリーズした思考に追い打ちをかけるように、成澤さんは「ひとつ、条件があるが」と言った。その一言で空気が張り詰める。それはそうだ、無料タダより安いものはない。一体、どんな無理難題を吹っ掛けられるか。犯罪に巻き込まれそうだったら、すぐに降りよう。腹に力を込めて、成澤さんの言葉を待った。


「犯人がわかったら連絡しろ、それだけだ」


 ――あぁ、俺を利用するつもりだ。

 瞬時にそれを悟った。真面目な表情から飛び出す含みのある声。そんなもの嫌というほど聞いてきた。

 ……上等だ。記事の情報がどうとか、都合よく話をかけてしまうとか、そんなもんは些事だ。今、俺ができることは目の前に垂らされた一縷の希望を掴むだけだ。


「いいですよ」


 俺は頷いた。成澤さんはニヤリ、と口元を歪める。


「交渉成立だな。抜け駆けはなし、ここからの話は他言無用で頼む」

「はい」


 俺は居住まいを正し、成澤さんの言葉を待った。

 片手で運転をしながら、片手でスーツの上着から青い箱を取り出す。器用に片手で煙草を指でつまむと、口にくわえた。


「今回の件は、三年前の事件と酷似していたな。五人が巻き込まれて、当時小学六年生の女子生徒と、男子高校生を除いた三名が死亡している。犯行も足を刺す以外も同じだ。

 ――だがな、今回の件とひとつだけ違うことがある」


 使い捨てライターで火をつける。


「犯人が、捕まっているんだよ」

「それは」俺は顎に手を当てる。「模倣犯、ってことですか?」

「そうなるな」


 まずそうな顔をしながら煙草を吸う。


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