第15話
「まあ大方、金土にしか犯行がないから、学生が過去の記事を見て模倣しているんだろう」
学生。ジェットコースターが落ちたときのような臓物の浮遊感に襲われる。画面の向こう側の出来事が一気に目の前に迫ってきた。
まさかと笑い飛ばそうとして、ある事実に気が付いた。リュックから地図を取り出し、広げる。勘違いであってくれと願いながら。
現実は、非情なものだ。
さっきは気が付かなかったが、犯行現場はどれも学校に近い。つまり今、通っている自分達の学校に殺人犯がいる可能性があるのだ。
仮にうちの学校の生徒が犯人だったら、と想像が働く。まず寮生はあり得ない。寮は学校より三分ほど歩いた離れた山の中にある。そこには監視カメラもあるし、玄関ロビーには受付があるのだ。二十四時間体制で誰かが見ている。外出時には届け出が必須。こっそりと抜け出す、ということは不可能だ。
出した結論で心に少しばかりゆとりができる。横目で日鞠を見れば、彼女は深く考え込んでいる様子だった。折り合いをつける俺達に構わず、三春さんは話を続ける。
「犯行について、ひとつ不思議なところがあってな」
もったいぶるように口を閉ざし、紫煙を吐き出す。
「――ロボットのようなんだ」
首をかしげる俺と反対に、彼女は納得したらしい。
「それはおかしいですね」
俺だけ置いていかれている。
車が思考を促すように、緩やかに停車する。ロボット。子どものころ行った工場見学では忙しなく、それでも迷いなくロボット達は単一な動きを繰り返していた。寸分の狂いなく、正しく、丁寧に、いつ
そこで合点がいった。人間は、ロボットのようにはできない。ある程度はできるだろうが、時間経過による疲労や対象の体躯の差、それによって正しい作業はできなくなる。
いつの間にか俯かせていた顔を上げ、俺は質問を投げかけた。
「刺し傷と切り傷の箇所が、すべての被害者で同じ個所――そういうことですか?」
右の腰骨の上と決めれば、身長差や体格差があろうが確実にそこを刺す……絶対に。成澤さんの口ぶりから察するに、犯人はそれができてしまっている。
ミラー越しに俺は三春さんの反応をうかがう。彼は首肯した。
「……できるんですか」生唾を呑み、問う。「人間に、そんなこと」
「わからん。不思議な点はそのぐらいだ」
青信号になり、車が発信する。とりあえずこの男から引き出せる情報は現状このぐらいだろう。それなら俺から質問をするしかない。
「着物姿の人が犯人って、本当ですか?」
瞬間、体が前の座席に突っ込みかけた。急ブレーキを踏まれたのだ。文句を言おうとして、俺は顔を上げた。
「どこで訊いた?」
成澤さんの声が、ほんのわずかに引きつった。
跳ね上がってしまった警戒心を解こうと俺は、意図的に人懐っこい笑顔を演じた。
「噂です。噂」
加えて明るい声でぼかした。成澤さんはルームミラーで俺の顔を確認し、それから前方の景色に目を向けた。
「そんなのデマだろ」
(釣れた)
その安堵した顔が本当だと語っている。着物姿の人物が犯人候補なのは本当だ。新分先輩の証言もある。
夜に溶け込みそうな、十夜のうしろ姿が浮かぶ。
あいつは、どこかで三年前の事件を調べた。端末、ではない。美術室のときでは使い方すらろくに知らない様子だった。新聞? だが、日鞠さんの家には新聞を取っている様子はなかった。
そもそも、なぜ三年前の事件を参考にした? 犯人が逮捕されていないのならまだしも、捕まっている事件だ。終わっている、と評してもいい。それに今回の件で両足を切りつける手順を追加したのはどういった理由だろうか。差別化? いや、十夜に限ってそんな面倒くさいことをしそうにない。
俺は唸って、足元を見た。出てくる可能性ひとつひとつに頭の中で消していく。
揃って黙りこくっていると「時間だ」と成澤さんが告げる。そのまま車は、駐車場で切り返しをし、Uターンをした。先ほどまでと景色が反転し、来た道を持っていく。捜査までも振出しに戻るようで、なんとなく気分が悪くなった。
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