最終話(後)
一方、日鞠さんにはボイスレコーダーを返却時にすべてを説明した。彼女も二重先輩と同じように「そうですか」といつもと同じ声のトーンで頷いただけだった。それから「大変なお役目を引き受けてくださり、ありがとうございます」とお礼を付け加えた。
黒須先輩を煽るのをどっちにするか。その話をした際、日鞠さんは無言で手を挙げた。口が達者で物怖じしない彼女のことだ。あっさりと決着がつきそうである。もちろん、できればそれが良かったけれど。
「仮に相手が逆上してきて、対処出来る?」
俺の質問に彼女は驚いたように固まった。それも数秒のことですぐに首を横に振った。次いで「ありがとうございます」と嬉しそうに言った彼女の顔が忘れられない。話し合いの末、俺になったわけだ。……ただ、あの”ありがとうございます”はどういう意味だったのだろう。その疑問が頭から離れない。
日鞠さんのリアクションがあまりにあっさりとしすぎていて、動揺している俺がおかしいのではと首をかしげてしまった。
それからの話だ。一週間後には「二重先輩のドッペルゲンガーを見た」なんて噂話も聞かなくなった。その代わりに二重先輩と黒須先輩は関係を解消した……なんて噂も耳にした。二重先輩の妹さんがどうなったかは俺は知らない。
それにしても、日鞠さんといると思わぬことが起こる。俺では気づけないような”なぜ”を見つけて、答えを探す。その積極性は俺が持ちえていないものだ。好奇心を満たすのとは別に一緒にいると安心するのは、”俺”という人間をちゃんと見てくれるからだろう。そのことを薄々感じ取っていたが、具合が悪いことを見破られて確信した。
四月も下旬に差し掛かろうとしている。相変わらず通り魔は捕まらず、淡々と過ぎていく特に日常に変化はない。
放課後。俺は日鞠さんと肩を並べて歩いていた。俺は時間があったときはこうしている。春の日差しを含んだ風が頬をなでる。
「冬夏くん。少しいいですか?」
俺は彼女の言葉で立ち止まった。
いつもの分かれ道。普段は「また明日」で別れるが、この日は違った。とんとん、と肩をたたかれる。かがめということだろうか。彼女の細く白い指が耳に触れた。反射的に飛びのこうとしたが反対側の手で肩をつかまれているし、体重を軽く乗せられている。耳元にかかる息が生ぬるい。
「冬夏くん」
こそばゆさに身じろぎしそうになるのを耐え、俺は続きを待った。
「――冬夏くんって、もう一人いるんですか?」
日鞠 白夜は、そう静かな声で問いかけた。
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第一章 ドッペルゲンガーの怪 了
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