16話(3.5)

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 ふと僕は着物屋の前で立ち止まった。閉店セールの張り紙がいたるところに張られ、どこか哀愁を感じさせる。

 こないだ服が血で汚れたんだった。ちょうどいい、と吸い込まれるようにして店に入る。今にも切れそうな弱々しい蛍光灯が、無数の着物を照らし出していた。引き戸をくぐった客に対して主人は驚いたように身を起こし、そうして体をまた椅子に沈ませた。どうも冷やかしだと思われたらしい。

 正直、見た目はどれも同じだ。セール品の棚の中から安い男物の着物を選び、レジに持っていく。店主は面倒くさそうに対応した。そりゃあ潰れるよな、この店。内心で笑って、僕は店を後にした。

 公園に向かい、そのままトイレで着替える。不格好ながら着付けを終え、ついさっき着ていたものは紙袋に入れた。新しい服は気分が上がる。荷物を持つと、僕はスキップする勢いで夜の街へ繰り出した。


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