第28話

「……とお、や?」

「ほかの誰に見えるんだよ」


 十夜は正面にいる吉永と向き合ったまま、俺に視線をよこすことなく返した。

 ペンキでもかけられたかのように右半身が血まみれになっているが、それを気にする素振りはない。顔に付着した赤黒い液体を巻き込みながら前髪をかき上げ、オールバックにする。一房だけ落ちてきた髪を鬱陶しそうに払う。

 ぶっきらぼうな声も、眉間によるしわも、仕草も、間違いなく十夜だ。

 眼球だけを動かし、十夜が立っている場所を確認する。そこは確かに日鞠さんが倒れていた場所だった。

 ヒュッという素振りの音で、我に返る。

 突っ立っていた十夜の首めがけ、吉永がナイフを振りぬいたのだ。十夜は予知していたかのように体を仰け反らせて避けると、不快そうに鼻を鳴らした。

 対する吉永は嬉しそうに笑っている。久方ぶりに友人に会ったかのようなはしゃいだ表情で、十夜に語り掛けた。


「やっと、やっと来てくれた!」大げさに手を横に広げる。「日鞠を階段から突き飛ばしても会えなかったから、目の前で人を殺してみたんだけど――よかったぁ、来てくれて! もし会えなかったらもっと殺さないといけなかったよ!」


 吉永の目と口が、弧を描く。不気味な笑顔とおぞましい計画に、全身が粟立つ。


「ねえ、怒ってる?」


 十夜の表情の抜け落ちた顔に、影が落ちる。


「そりゃあな」


 ぐっと室内が冷えた。視聴覚室の冷房が強まったわけではない。

 十夜の言葉。たったそれだけで、空気が変わったのだ。第三者の俺でも感じ取れるぐらいに。吉永も自分へ向けられた感情を理解したらしい。満足げ気に頷くと、今まで自身が手にしていたナイフを十夜に向かって投げた。器用にナイフをキャッチした十夜は、柄まで赤く染まったそれを指と指でつまんだ。


「なにこれ」

「これ?」


 答えながら、吉永は制服の懐から真新しいナイフを取り出した。


「見てわからない?」

「おまえ、言葉の表面しか受け取れないのか?」


 吐き捨てるように言って、十夜はナイフを弄んでいる。

 その態度に、俺は違和感を覚えていた。少しして、その正体に思い至る。以前なら、言葉など交わさずに吉永へ飛び掛かっていた。それなのに一切動かない。右足に体重をかけ、ナイフをペン回しの要領でくるくると回している。

 丸くなった十夜に驚いているのは、俺だけではない。吉永もだ。先ほどの嬉しそうな顔から一転、顔を歪ませて苦し気に呻く。

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