第13話

「妹さんはどうでしょう」

「あー、あの子? どうだろ」

「妹さんと似ていらっしゃるんですか?」

「琴乃ってさー、ミスコンとか選ばれるレベルでは可愛いわけ。でもね」


 二木先輩が目だけであたりを見回し、声を潜める。


「妹のほうは、その、ね? 雰囲気以外あんまり似てないんだ。だから、憧れる気持ちも分かるんだよね。……だけどさぁ」


 そこで区切ると、二木先輩はペットボトル飲料を飲んだ。


「実の姉の私物、借りたまんまってやばくない? ブランドの洋服も、コスメも、靴も。全部!」


 二木先輩は話しながら顔をしかめている。


「ちゃんと琴乃がバイトで稼いだお金で買ってるものをさ、さも当然っていうふうに使ってるの、ほんとに許せないんだよね。あたし」

「それは許せませんね」

「でしょ! なんかさー、お小遣いとかお年玉とか、全部アイドルに貢いでるらしくって。年中金欠」

「では、妹さんは自分では買う気はないのですか?」

「だと思ってる。ほんとに琴乃の妹なのか疑うレベルで、良いとこない」


 すごい言われようである。糾弾の嵐の中、俺はおずおずと二人に尋ねた。


「えーと、じゃ、二重先輩と妹さんって仲悪いんですか?」

「わかんないなぁ。琴乃から妹の話聞かないし」

「そうなんですか?」

「うん、さっきの愚痴程度」

「妹さんと生徒会長ってお会いしたことあるんですかね」

「いや。聞かないな」


 二木先輩の答えに日鞠さんは黙った。俺は会話を引き延ばそうと、二人に聞いた。


「そういえば、先週の金曜日って先輩方バイトですか?」

「ううん、あたしは部活。バト部の誰かに聞けば分かるし」

「あーしは進路調査で呼び出し食らって結局、十六時過ぎに帰ったかな」


 なるほど。こうしてみると、二人ともきっちりアリバイがある。会話が終わったが、日鞠さんはまだ黙り込んだままだ。沈黙は気まずい。俺はどうにか話を続けようと質問を捻出した。


「先輩たちってあの噂、信じてるんですか?」

「ドッペルゲンガーの? まさか。見間違いだよ、どうせ」


 二木先輩の言葉に、双海先輩も首を縦に振って同意を示す。

 不意に日鞠さんが口を開いた。


「ありがとうございます。また何かお聞きするかもしれませんが、そのときは」

「もち。あーしも有名人の冬夏くんともしゃべりたかったからねー!」

「俺、そんなに有名なんですか?」

「中等部からモデル並みに顔がいい子が来たって」

「ずっと会いたかったんだよね。あ、連絡先交換しない?」


 ギャル二人の猛攻をどうにかこうにか断った。

 最後にもう一度礼を言い、三年の教室を後にした。


「もう一つ、行きたいところがあるんですが」

「今から?」時計を見る。十六時半。「まあ、大丈夫だと思うけど。どこ?」


 日鞠さんは上を指さした。


「演劇部です」


 言った直後、何の前触れもなく日鞠さんが俺の顔を覗き込む。彼女が謎に背伸びをしたせいで鼻先がつきそうになった。俺は息を止める。


「冬夏くんってファンクラブあるんですか?」


 俺は軽くのけぞり、彼女と距離を置いた。そうじゃないと話せない。俺はファンクラブのことを話した記憶はない。どこでその情報を入手したんだろうか。


「あるね。誕生日にケーキをもらった。手作りの」

「手作り」その重さに絶句している。「ですか」

「クラスのみんなで食べた。去年――だから、中学部時代か」


 俺はほとんど口をつけていないけど。


「いいですね」日鞠さんはノリノリである。「私ももらっていいですか?」

「もちろん」


 毎年毎年、教室に律儀に届くプレゼントやケーキを鬱陶しいと思っていた。名前も顔も知らない相手からのプレゼントなんて。

 ……でもまあ、日鞠さんと食べるのなら、いいかな。




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