第9話


「二重先輩。冬夏です」


 ドアをノックし、声をかけてから開ける。

 放課後。四階は、視聴覚室や特別教室がある階だ。廊下の奥、右側に生徒会室はある。俺も日鞠さんも初めて来る。

 長机に椅子、部屋の一番奥に窓、右にホワイトボード、左には書類の入った棚。全体的に狭く、こぢんまりとしている。天下の生徒会の部屋とは思えない。


「どうぞどうぞー」

「先輩、よくここ借りれましたねー」

「えー、二人とも知らないっけ。隣の彼、生徒会長だよ。内緒話をするならここならセーフって。ついでに同席してもらってまーす」


 先輩の声は相も変わらずガラガラだ。

 隣にいる生徒会長は前髪ぱっつん、小さめ、黒髪、全体的に野暮ったい印象を受ける。赤いラインの上履き。昼間食堂で会っていなければ、先輩の彼氏とは思わなかったろう。こんな人なんだ、うちの生徒会長。明るくて社交的な二重先輩とは対照的な印象を受ける。俺が黙っていると日鞠さんが口を開いた。


「それで、ご用件は」

「昨日の」


 先輩が顔をしかめる。


「見たんでしょ、ドッペルゲンガー」


 俺たちはほとんど同時に頷いた。それを確認すると二重先輩は軽く身を乗り出す。


「どんな奴だった?」


 どんな奴、と聞かれても。


「ふつーに先輩かと思いましたよ、ああいう会議系、いつも一番に着ますし。髪型も靴も先輩でした」

「ただ」


 日鞠さんが引き継ぐ。


「一言も会話をかわそうとはしませんでした。風邪だったのでは、と冬夏くんは言っていましたがそれも怪しいですね」

「というと?」

「私は、人だと思います」

「人、だって?」生徒会長が話に割って入る。「あれが?」

「はい」日鞠さんは引く様子はない。「人間です」

「何を根拠に」

「反対に、何を根拠にオカルト的な意味だと思われるんですか」


 先輩相手だろうが、日鞠さんは日鞠さんだ。両者に漂うひりついた空気を察し、二重先輩が「そこは後で話そうか」と話の主導権を再び握った。


「ドッペルゲンガーさ。ちょっとどうにかしたいんだよね」

「どうにかしたい、ですか」

「そ。ぶっちゃけ何であろうと関係ない。原因を突き止めて、この馬鹿げた噂を終わらせる。それを二人にお願いしたい」


 意気込みがすごい。それはそうだ、先輩は当人だし、嫌な思いをたくさんしているだろう。


「って俺たちに、ですか?」

「うん。頼りになる後輩ちゃんだし」


 日鞠さんは二重先輩に言われようが言われまいが、独自に調査しそうな勢いではある。かくいう俺も真相を知りたい。


「分かりました」

「うむ」


 先輩は満足そうに何度も頷いた。

 ふ、と違和感を覚える。が、「って言っても、二重」と生徒会長が切り出し、話が先に進んでしまった。


「終わらせるって言ってもどうするんだ?」

「相手は人ですよ、先輩の行動パターンを把握している人しかありえません。その人に直接聞けば良いだけです」


 ぴしゃりと日鞠さんが告げる。どうにも、どちらも自身の論を譲る気はないらしい。また変な雰囲気になりそうだったので俺は「はい」と手を挙げた。


「どっちものパターンを考えましょう」

「オカルト的なのと、人間なのってこと?」

「はい」


 これであれば二人が揉めることはないだろう。と、その前に基本的な情報から整理するとしよう。

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