第5話

「よければ美術室の中のことを詳しく教えてください」

「もちろん。吉永、頼んだ」

「えぇ?」


 冬夏くんの無茶ぶりに面倒くさそうに声を上げた。


「まあ、カーテンの隙間からでよければ」

「隙間?」

「そう。黒いカーテン? 暗幕? とにかくそれで閉められているんだ。一センチぐらいの隙間から見える情報を伝えようかな。

 僕らが今いる入り口側が六時、正面になる部屋の奥の窓側が十二時、右手側が三時、左手側が九時とする。ここまでは大丈夫?」

「はい」

「初めに全体の状況。まずは十二時。窓はカーテンで閉め切られている。そのうち左側の窓が割れて、カーテンが半開きになっている。これは彼女が割って、入ってきたときものだろう。

 次、三時。一番奥には大きめの黒板がある。その黒板から見て、机が三かける三に並べられて合計九個ある。そして六時。ここは僕らのいる入り口、カーテンで上半分が隠されているから見えにくい。最後、九時」


 ここまですらすらと言葉を羅列していた吉永さんの声が途切れる。


「ここは、スペースが二分される。わかりやすい壁側から行こう。七時から十一時にかけて大きな棚がある。ここから見るに石膏やキャンバスが並んでいるから、備品入れかな。そしてそこに広い場所」

「作品スペースだな」冬夏くんが口をはさむ。「たぶん」

「で、先の作品のスペース、黒板から三列目の机から九時の棚にかけての窓側。そこにペンキがまかれてる。赤、青、水色のペンキがペンキ入れの底が見えるぐらいに、少し離れたところにある緑のペンキは残量もあるみたい。あとはまあ、壁にレプリカの絵画があるぐらいかな」


 吉永くんが言い終わった瞬間、パタパタと走ってくる足音が聞こえた。受付のお姉さんだろう。


「お待たせしました。さっそく開錠しましょう」

「お願いします」


 小気味いい音ともに美術室のドアが開いた。ついで引き戸を開ける音。むせかえるようなペンキの臭い。冷ややかな声で、


「やあ、藤野」


 と吉永さんが名前を呼んだ。

 藤野さんは私達に聞こえるか聞こえないぐらいの音量で「吉永」と声の主を呼ぶ。先の焦りとは違った動揺がある気がしたが、それもすぐに隠れる。


「何の用?」

「通りすがり僕達と、君の蛮行の証言者。それぞれここに集ってるけど、何か疑問がある?」

「ないわ」あっさりと引き下がった。「で?」

「聞いたよ。なんで君は窓ガラスを割って入ってきたの?」

「偶然よ。……やだ、吉永そんな顔しないで。ペンキの海の中に落ちていた黒戸 萌音(くろど もね)のキャンバスだったからよ」

「誰ですか、その人?」

「無知ね。風景画をメインで描いてて、個展を開くぐらいには有名よ。私達と同じ高校一年生だけどいくつか賞をとってる」


 淡々と状況を説明する彼女に、私は問いかけた。


「藤野さん。あなたは黒戸さんの作品がこうなった原因について心当たりはないのですね」

「ええ」

「なるほど。ではますます疑問が深まりますね」

「なにが?」


 怪訝そうな藤野さんの声に、私は答えた。


「――なぜ、犯人は美術室を荒らし、黒戸さんの絵をペンキの海に沈めたか、です」

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