小話:ある火曜日の夜の話
十夜は頬杖を突き、口をへの字に曲げている。とんとんとリズミカルにテーブルを叩いていた。
「そんなへこむなよ」
俺が声をかけると、のろのろと顔を上げる。そんなにショックだったのか。嘘だろう? むくれながら俺は言った。
「しょうがないだろ。俺だって店番をしたいわけじゃない」
今日はお互い、やる気がない。
十夜はホットココアをちまちまと飲んでいた。猫舌なんだろうか?
「そういえば、なんで着物なわけ?」
ふと前々から思っていたことをぶつける。
「間違えられないため。あとは趣味」
「趣味?」
意外に思う。こう、他人にも自分にも興味がないと思っていたから『趣味』なんて答えが返ってくるとは。少し感動しつつ、俺は言った。
「着物って、どこで買うの?」
「呉服屋」
先ほどから返ってくるのはそっけないものばかりだ。
「俺と会話する気、ない?」
「お前ってゴキブリと話すタイプ?」
さすがに俺でも言葉の意図は読める。
ムッとしながら十夜の顔をまじまじと見た。眉を寄せ、機嫌が悪いことは読み取れる。……こうして観察して思ったが、まつげが長い。本当に女子のようだ。
「話さないけど」
「だよな」
「まったく、何がそんなにいいのさ。ていうか、俺と何が違うの?」
主語はなかったが察するには十分だったらしい。
十夜は水を一口飲むと、遠い目をした。カウンターにいる俺を通り越して、どこかを眺めている。
「別に。何があるってわけじゃない。他の
「違って?」
ちょっとワクワクしながら続きを促すと、睨まれた。
「うるさい。やっぱ言わない」
「俺、口堅いよ」
「信用できるかよ、馬鹿」
ぶっきらぼうに、そういうと「もういい」と席を立った。十夜はいつもふらっときて、いつのまにか帰る。不定期ながら決まって夜に来る。今日も同じだったが、彼じゃないせいかつまらなさそうだった。
「待て待て待て。待てって」
慌てて引き留めると、十夜は露骨に嫌そうに顔をしかめた。
「なんだよ」
「せっかくこんな機会なんだ。話そうぜ」
「ハルナシと話すことはない」
そっぽを向かれた。二回も同じことを言われるあたり、いよいよ本格的にフラれたらしい。俺はため息をついて出入り口のドアを指さした。
「お帰りはあちらから」
「そうするけど。……お前さ」
「うん?」
椅子から立ち上がった十夜は、まっすぐに俺を見据えた。
「――白夜を悲しませたら、殴るからな」
それだけ言うと振り返らずに出て行ってしまった。
頬をかく。
「はは、難しいなあ」
呟いた言葉は、喫茶店の賑わいに消えていった。
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