第6話

 *


 電車が、風をともなって通過していく。

 そのせいで髪の毛が口の中に入った。僕は顔をしかめて、それを指でからめとる。

 目の前には、死体があった。

 両足と腰に刺し傷、首に切り傷。現在進行形でそこから血が溢れだしていた。ほんの気まぐれから、近寄っていく。しゃがみこみ、顔を眺めた。驚愕したように目は見開かれていた。幸いなことに、自分がなにをされたのかは最期までわからなかったことだろう。

 着物を整えて、僕は伸びをした。どいつもこいつも、なんたってこんな物騒な夜に出かけてしまったんだろう。アスファルトに落ちていた小石を蹴る。何度かバウンドをすると草むらに紛れてしまった。そんな八つ当たりで気が落ち着くわけでもない。

 顔を見られたな、と目撃者が逃げていった方向を見やる。そっちには背の高い草と、舗装された道路しかなく、もう誰の姿も見えない。

 着物を着た人間が犯人なんて噂もあるらしいけれど、それは正しい。

 折り畳みナイフを入れている右の袖が重く感じた。――錯覚、なんだろうけど。


 *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る