第18話
*
――ドッペルゲンガーの件なんですが、俺たち真相にたどりついたんです。けど、二重先輩がなかなか捕まらなくって。
もし先輩さえよろしければ、今日の放課後に演劇部の部室に来てほしいと伝言をお願いしたいのですが――
日鞠さんとの喫茶店での推理をした翌日。
三限の特別教室への移動時、俺は二重先輩宛ての伝言を託した。
そうして放課後、演劇部の部室はがらんとしていた。曇り空の教室は蛍光灯の人工的な明かりで支配されている。壁際に目線が行く。前に訪れた時と、物の配置は一か所だけ変わっていた。窓を背にパイプ椅子に座っていると、前方のドアが開く音がした。
そちらを向くと二重先輩が立っていた。
黒髪のポニーテール、着崩していない制服、赤いラインの入った上履き。今日はマスクはしていない。
どうぞ、と俺が適当な席に座るよう促すと先輩は座った。しばらくの間。俺はどう話を切り出そうか考えていた。運動部の掛け声が遠くに聞こえる。時計の音がやけにはっきりと、大きく聞こえる。俺は息を大きく吸って、吐いた。その勢いで先輩に問いかけた。
「先輩。ドッペルゲンガーなんて、先輩の嘘だったんですね」
言って、椅子に座り直す。きしむ音がした。
先輩は何も返さない。
反応がないのをいいことに俺は続けた。
「アルバイトが嫌だから、ホテル街を歩いていたところをクラスメイトに見つかって逃げたんですよね? どうしようかと途方に暮れていたあなたに知恵を貸したのは、黒須先輩でした。
彼が出した案、それがドッペルゲンガーだったんです。優秀な生徒がホテル街にいる、そんなギャップも相まって噂は急速に広まった。ただ、あなたはそこで満足できなくなった。
もしかして、直に怖がる人の反応を見たくなったんですか? あの定例会議の日。いたいけな一年生をだまして、そのリアクションを見てみたら面白かったでしょう? 必死になって相談に乗ろうとする俺たちの姿を見て、笑いがこみあげてきたでしょう? こんなお粗末な噂に踊らされる人の姿、見てどう思いました? 滑稽でした?」
そこで俺は言葉を区切った。
「――びっくりするぐらいの、クズですね。先輩」
椅子が勢いよく音を立てて後ろに倒れる。同時に俺は胸ぐらをつかまれていた。体が前に浮く。先輩は眉間にしわを寄せ、俺を睨みつけていた。鼻と鼻がくっつきそうになる。
それでも引かず、俺はまっすぐに先輩の目を見つめる。
「だってそうじゃないですか。嘘に嘘を重ねて、無駄に高いプライドを持っているせいで引くに引けなくなって。そんなんだから先輩、人に距離を置かれるんですよ」
息が詰まる。胸元をつかむ手に力が入ったからだ。
「図星なんですか? 口先で勝てないから暴力に頼ったんですか? やだなぁ、先輩がそんなに小さい人間だと思いませんでした。失望しましたよ」
「……れ」
「なんですか?」
「黙れよっ!」
先輩が、吠えた。
「黙って聞いてたら何!? 何も知らないくせに!」
「知らないって誰の、何をですか?」
「決まってるだろ! 彼女のことだ!」
教室に、先輩の怒声がこだました。肩で息をしている先輩の手を払うのは容易だった。
「彼女、と言いましたか? 今は貴女の話をしているんですよ、『二重先輩』」
目の前の先輩の顔が、何かをこらえるように歪む。
「いえ。こう言い変えた方がよろしいですか?」
俺は、先輩の目をまっすぐに見据えた。
「黒須先輩」
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