第99話 実践! 錬金術
「ゴットと!」「フェリシーちゃんの!」「「ドキドキ! 錬金術~!」」
わー! と俺とフェリシーは実験台の前で拍手をした。それを正面から見るシュゼットは無表情だ。
「ということでですね、今回はフェリシーに錬金術の調合の楽しさを実感してもらおうという企画になりますね。フェリシー、意気込みは」
「楽しみ!」
「はい『楽しみ』いただきました! では早速取り掛かっていきましょう!」
俺とフェリシーは、ウッキウキで錬金フラスコと各種調合用具を並べていく。シュゼットは変わらず無表情だ。
俺はにこやかに今回の調合薬を宣言する。
「さて、今回作成するのは」「媚薬」
宣言できなかった。無表情で割り込んできたシュゼットに、俺は冷や汗を流す。
「……シュゼット?」
「媚薬」
「あの」「媚薬」
「……はい」
俺は圧に敗北する。フェリシーがマイペースに「びやくってなーに?」と首を傾げている。おいシュゼット答えろよ。「エッチな気分になるお薬だよ」って言えよ。
「あの、さ、参考までに、何で媚薬を作成するのか教えていただいてもよろしいでしょうか……」
俺が低姿勢でシュゼットにお伺いを立てると、シュゼットはにっこりと作り笑いを浮かべて言った。
「元々アタシの番だったのに、フィーのワガママで『仕方ないから一緒にゴットとデートしよっか』って譲ったら、全然アタシ、ゴットとイチャつけてないからかな♪」
俺はフェリシーを見る。フェリシーもマズいと気付いたのか、表情をこわばらせてシュゼットを見つめている。
「しゅ、シュー……か、代わる?」
「ううん♪ フィーが錬金術は楽しんでよ。でも、媚薬は貰うね」
「シュゼット……、ちなみにその、媚薬の使い方についてなんだけど、何に使用するかとか」
「飲む」
真顔で言い返してくるシュゼット。俺は戦慄するしかない。
「シュゼット、お前……」
「ご、ゴット……? シュー、覚悟決めてる……びやく作ったら、シュー一気飲みしようとしてる……」
フェリシーは涙目で訴えてくる。俺はシュゼットを見た。
真顔。真顔である。何の迷いも抱いていない瞳だ。シュゼット、お前はどうしてそんな覚悟を……。
「じ、自分で飲むのか? 俺に飲ませるとか、盛るとか、そういう事じゃなく、自分で飲むのか」
「ゴット、アタシはね、気付いてしまったんだよ」
「な、何に……?」
ふっ、とシュゼットは鼻で笑う。
「―――男は最終的に性欲には勝てない。採取の時のフィーを見て、昔の自分を顧みて、理解したんだよ」
「……なるほど」
「ま、そういうこと」
シュゼットは言う。事実上の『お前には盛るまでもない』宣言だった。マジかよ。媚薬を、景気づけの酒みたいに使う奴初めて見た。
「じゃ、じゃあ媚薬作ります……フェリシー、いいか?」
「う、うん……やるよ……?」
俺とフェリシーは、そこまで言うなら止めまい、というところまで来てしまって、素直に媚薬を作ることにする。何だこの状況。
「ま、まぁ、作るとなったら真剣に作るか」
「一番強いのでよろしく」
「シュゼット、お前は漢だよ……女だけど」
「男の強さと女のしたたかさを併せ持つ」
「ただひたすらに強いだけなんだよなそれ」
強さ×強さ=強さなんだわ。見えないけど二乗されている。
ということで、強いのオーダーが下ってしまっている以上、俺はそれ用の材料を確認する。マジでこの状況何?
「えーっと、必要なのは、マンドラゴラ、セイレーンの涙、サキュバスの角、あと妖精の鱗粉と唾液か」
「マンドラゴラ、セイレーンの涙、サキュバスの角はあるよ。前の採取でついでにマンドラゴラ取ってきちゃった。他は持越し品」
シュゼットが虚空から取り出して並べてくる。周回主人公って物溢れがちだよな、とか思う。
「マンドラゴラ採取用の装備持ってたのか?」
「一応ね。ちなみにマンドラゴラの悲鳴も瓶詰にしてあるよ。聞く?」
「範囲音響爆弾を出すな」
しまえしまえ、そんな危ないもん。俺が嫌な顔で手を振ると「てへ」と悪戯っぽく舌を出してウィンクするシュゼットだ。あざといわーこいつ。
「あとは妖精の鱗粉と唾液、か」
俺とシュゼットの視線が自然とフェリシーに向かう。フェリシーは首を傾げてから、ハッとする。
「う、ふぇ、フェリシーちゃんの鱗粉と唾液、欲しいの……?」
赤面して上目遣いで聞いてくるフェリシーだ。俺はシュゼットを見た。
「欲しい」
迷いのない目だった。
「……分かった。うぅ~……」
フェリシーは翅を生やし、パタパタとはばたかせる。すると鱗粉が散るので、俺がサッとピンを一振りして確保だ。
次にもう一つビンを手渡す。フェリシーは恥ずかしがりながら、「れぇ……」と舌を伸ばして、唾液をビンの中に垂らしていく。……うん。
「これで材料がそろったね!」
満面の笑みのシュゼットである。俺は諸行無常の顔をし、フェリシーは自分の両頬を手で挟んで赤面がちに目を横にしている。
「じゃあ、錬金術、するか」
「やる……」
着々と悶々した雰囲気に帯びつつある錬金室だ。俺たち以外誰もいなくて本当に良かった。
俺はフェリシーに説明するために、こほんと咳払いする。
「じゃあ気を取り直して、やってくぞ。つっても、基本的にレシピ通りに切ったり混ぜたり火に掛けたりするだけだ。レシピは、ええと」
俺はレシピをそらんじる。
「マンドラゴラの根を刻んですり潰す。サキュバスの角は砕いて粉にしてから、すり潰した根っこに混ぜる。セイレーンの涙、と妖精の唾液を入れて更に混ぜて火にかけ、最後に鱗粉で完成」
「ゴットもさらっとレシピ暗記してるとはやるねぇ~」
「うるさいな。媚薬っぽい使い方じゃない方向で便利だったんだよ」
ゲームでは、男女問わず非殺傷でその場から離れさせることが出来る便利なアイテムだったから、結構作ったんだよな。それで作り方を覚えてしまっている。
だから、断じて媚薬でそういうことをやったわけではないのだ。そもそもブレイドルーンって全年齢ゲームだしそういうシーンは存在しない。しないったらしない。
「刻んで、すり潰す……」
まな板の上で、マンドラゴラの根を前にナイフを手にするフェリシー。「危ないから猫の手にしろ」と言うと「にゃ……」と言いながら招き猫みたいに甘く握った手を上げる。可愛いけど違う。
俺はその上げた手をマンドラゴラに添えさせて「こうすると指を切らないだろ」と教えてやる。「なるほど……」と言いながら、フェリシーは力を込めて根を落とした。
「すり潰すのって結構力いるよね。フィー疲れちゃわない?」
シュゼットの提言に、俺は「あー、確かに」と考える。
「力要るすり潰しとかは俺がやるか」
「やだっ。フェリシーちゃんが全部やる!」
しかし強い語調でフェリシーは拒否の構え。それを見て、俺も子供のころ、一人前に見られたくて、強がっていたなぁなどと思う。
「そうか、じゃあ全部頑張れ。フォローは任せろ」
「うんっ」
フェリシーは存外楽しかったのか、熱中して作業に勤しむ。すり鉢でゴリゴリとマンドラゴラの根をすり潰し、ハンマーで角を砕きまたすり鉢でゴリゴリやって。
「つぎに、涙と涎で混ぜる」
すり鉢の中の混ぜ合わされた粉を錬金フラスコに移して、セイレーンの涙と妖精の唾液を入れる。火に掛けつつ、くるくると振るとすぐに混ぜ合わさり、ピンク色に変わる。
「それで、鱗粉を入れて」
錬金フラスコに鱗粉を入れると、ピンク色の液体が、明るさを増してキラキラと光り始めた。「わぁ……」とフェリシーは目を見開く。
「ご、ゴット」
「ああ、完成だ。頑張ったな、フェリシー」
「うんっ!」
まぁまぁ時間をかけて、フェリシーは初めての錬金術に成功した。そもそも手間のかかるレシピだったし、こんなものだろう。もう夕方だ。
俺は労いの気持ちも込めてフェリシーを撫でると、フェリシーは目を瞑って心地よさそうにされるがままになっている。
「ふー疲れた~。フェリシーちゃん頑張った! 無敵!」
「そうだな、お疲れ様だ」
ポンポン、とフェリシーの頭を叩いて、俺はシュゼットに向き直る。俺たちの様子を見ていたシュゼットは、意地悪な顔をして、こう言った。
「作ったのが媚薬じゃなきゃエモいひと時だったのにね」
「言うなよ俺も薄々思ってたんだから」
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