第32話 カスナー祭り・前(婚約を認めない者をボコる祭り)

 さて、とうとうこの日がやってきてしまった。


 俺とスノウの婚約。それを不服とする者にとって、今日この日は祭典であり万一にも逃せない日となるだろう。


 何せ、今日はそう言った者たちに、俺への挑戦権を一律に与えると約束した日。


 だから俺は学院の円形訓練所の真ん中に立ち、『挑戦者求む』という立て看板を持っていた。


 なお後ろではフェリシーとスノウが睨み合っている。


「フェリシーちゃん、認めてない。でもゴットに挑むのは可哀そうだから、姫様に挑む」


「そうは言いますが、今回のような形式を言い出したのはゴットですから」


 どうやらフェリシーもこの婚約に不服があるご様子。でも俺に挑むのは可哀そうなのでしたくないらしい。今日も無敵のメンタリティーだ。見習っていきたい。


 そして今回は意外にも、フェリシーに舌戦で敗北していないスノウである。スノウって負けないことあるんだ。


 ということで、これがクリア後のスノウイベントの一つ、シュテファン/シュゼット祭りだ。


 魔王を殺して姫を娶った英雄に、みんなが挑んでくる、というのが主な内容である。ちなみにシュゼットというのは、女主人公を選んだ場合の名前だ。


 簡単に言うと、ランダムに学院生がバンバン挑んでくる、NPCボスラッシュといった具合のイベントになる。


 俺が以前唱えたのも、その口上のほぼパクリ。コミュ障にすっとあの場を切り抜ける機転がある訳ない。


 準備はとうに済んでいて、俺はスノウの権力を用いて全校にアナウンス済み。あとは挑んできた奴をボコすだけだ。


「おぉ……本当にカスナー立ってるよ」「隣に氷鳥姫殿下もいるな。今日も可愛い~」「挑むか?」「ん~、パス。俺ケンカ強くないし」


 遠巻きにひそひそと話す野次馬の温度感は低い。スノウのことは何となく可愛いから好きだったが、挑むほどではない、という連中だ。奴らは相手にしなくてもいい。俺が少し恥ずかしいだけ。


 一方、やる気に満ちた奴と言うのはどこにでもいるもので。


「カスナー祭りの場はここか!」


 俺が見上げるほどの巨躯を持った男子生徒が、常軌を逸したサイズの石ハンマーを携えてやってきた。……なるほど、俺がやるとカスナー祭りになるのか。


 その男子生徒は、俺を見付けてドスドス足音を響かせて現れた。そして、俺を見下ろして言う。


「貴様がカスナーか。人道外れた悪評、謎めいた奔放癖、そして氷鳥姫殿下を助け出した英雄譚。読めぬ男よ……」


「は、はは……」


 俺は引きつり笑いでその視線を受け止める。もちろん生徒はほぼ全員押さえている俺だ。このゴリマッチョについても知っている。あるイベントで仲間になってくれるのだ。今回は流石に敵だろうが。


 そう思っていると、他から声がかかる。


「おおっと! ゴリランドル君、君より先に、是非僕にやらせて欲しい。スノウ姫をたぶらかした悪い男には、お灸をすえてやらねばね!」


 今度現れたのはイケメン貴公子みたいな奴だ。もちろん知ってる奴である。こいつ序盤のクエストで調子乗って死ぬ、噛ませ犬ポジ強キャラなのだが、まだ生きてたのか。


「ふむ……どんな意図があるかは分からんが、いいだろう。俺はカスナーの強さが知れればいい」


「ふははっ。君はそう言う奴だろう。だが、僕は自分の手で可能な限り痛めつけてやりたいからね。ということで、カスナー君。僕から相手願おうか。カスナー祭りの栄えある第一挑戦者という訳さ!」


 何かそう言う風に言われると、俺もこいつボコしてやろうかな、という気持ちになるのだから面白い。






 第一戦闘は俺とイケメンという流れになった。


「おお、ピアース先輩か。あの人のレイピアは鋭くて強いらしいな」「蝶のように舞い、蜂のように刺す、の体現者らしいね」「ん……? ああ、本人談ね」


 周りの評価はだいたいこんな感じ。俺からの評価も大体そんな感じ。


 なので今回の俺のビルドは、氷ビルドだ。ただし鎧抜き。訓練場だと服装備は訓練服固定で、代えられないのだ。


「はっはっは! カスナー君は実に臆病者なのだね! 実に大きな盾だ! けれどね、このレイピアは、君の惰弱な盾など瞬時に貫いてしまうことだろう」


 氷の大盾、そして氷の槍、というフロストバード騎士そのままの装備で、俺は立っていた。審判はスノウが務める。


「では、両者見合ってください――――いざ尋常に、勝負開始ッ!」


 スノウが宣言すると同時、イケメンが俺に一気に距離を詰めてレイピアを突き出してきた。俺は盾で受ける。


「いいですよ、ゴット! 私からプレゼントした盾を侮辱した人なんて、コテンパンにしてあげてください!」


 そして端っこに避難してから速攻でやいやいと応援を飛ばすスノウ。イケメンは「そ、そんなつもりじゃ、ええい!」と瞬時に躊躇いを振り払って攻撃してくる。


 その鋭い突きは実に素早く、連続で俺の盾を穿ってくる。


「ハハハハッ! どうだい! この鋭い連続の突きは! 君ごときでは防戦一方かな!?」


 俺は無表情で盾の後ろに刻まれたルーンをなぞった。


【シールドバッシュ】


 俺は的確な動きで大盾を構えて突進し、イケメンを弾き飛ばした。イケメンは「うごっ!?」と戸惑いの声を上げて地面に転がる。


 その首筋の真横に、俺は槍の穂先を突き付けた。


「はい、勝利」


「……ぐぅ」


 イケメンは両手を挙げる。周囲から『おぉ……!』とどよめきの声が上がった。


「意外にやるな、カスナー」「カスナー祭りとか聞いた時は、カスナーがボコられるだけの祭りだと思ったけど」「これならゴリランドル先輩にも善戦するか?」「いやでもあの人強いぞ~?」


 周囲の声聞きつつも、イケメンは「ふっ……! 君の実力には感服したよ。また、縁があれば」と去っていく。意外に潔いな。あいつゲームだとすぐ死ぬので、俺もよく分かっていないのだ。


 そんな風に考えていた俺に、影がかかる。見ると、先ほどのゴリマッチョが。


「次は、俺でいいか?」


「ああ、いいぞ。すぐ準備するから、来てくれ―――」


 俺はそこまで言って、すでにゴリマッチョが振りかぶっていることを知る。


 おおう。そういやこいつイノシシ脳筋だったな。


 ―――衝撃。俺は咄嗟に構えた氷の大盾で、ゴリマッチョの大槌の一撃を受ける。


 その衝撃はすさまじく、俺は割と吹っ飛んでしまったほど。大盾はギリギリ剥がれてないが、これは厳しいぞ。


「ふむ、中々やる。これなら楽しめそうだ」


 ゴリマッチョは好戦的にニィイと笑う。俺は訓練場の端まで駆けていく。


「むっ、敵前逃亡とは見損なったぞ、カスナー!」


「逃亡じゃない! 戦略的撤退って言うんだよ!」


 俺はフェリシーやスノウが観戦していた場所までたどり着き、盾と槍を収めてから大曲剣を携えて「じゃっ、行ってくる!」とゴリマッチョの元へと戻っていく。


「おぉ~っ! フェリシーちゃんあの武器好き! 速くて格好いいの!」


「そうなんですか? 私はもう少し私の武器で頑張って欲しかったですが、仕方ないですね」


 声援を受けながら俺はゴリマッチョへと駆け寄っていく。ゴリマッチョは戻ってくる俺を見て、「なるほど、急いた俺に非がありそうだ。―――さぁ来いッ!」と構えた。


「うん。まぁ何と言うか、ごめんな」


「何?」


 俺はルーンをなぞる。昼だから『影踏み』はほぼ発動できない。だがそれでも、ゴリマッチョ相手なら『影狼』で十分なのだ。


 大曲剣を肩に担ぐようにして、姿勢を下げる。ルーンが、ひときわ大きく光り出した。


【影狼】


 俺の姿は影となってゴリマッチョの周囲を駆け巡る。ゴリマッチョは「ぬぅっ!?」とハンマーを振るうが、とっくに俺はそこに居ない。


「背中、隙だらけだぜ」


 俺は足をかけてゴリマッチョをこかし、そしてその背中を踏みつけにして拘束した。


 そして例のごとく首筋の真横に大曲剣を突き刺す。ゴリマッチョは僅かに息をのみ、それから「降参だ、カスナー。侮っていたよ。貴様は強いな」と両手を挙げる。


 それに、先ほどよりも遥かに大きなどよめきが起こった。


「うぉおおおおお。ゴリランドル先輩にも勝ったぞ、カスナー!」「しかも何だあの高速移動! かっけぇー!」「え、あんなに強い奴だったのか?」「俺、アイツのことただの不良だと思ってた」「つえーじゃん!」


 立ち上がったゴリマッチョと握手を交わして別れる。挑戦者の人数はイベントでもランダムだったが、こんなものだろうか? そう思っていると、訓練場の対角線から、見慣れた姿が歩み寄ってくるのが見えた。


 俺は、何度かまばたきをして、その名を呟く。


「……シュテファン」


 ブレイドルーン、本来の主人公。シュテファン・ジンガレッティ・コウトニーク。このイベントだって、本来ならシュテファン祭りだった。


 彼は右手にシンプルなロングソードを、左手には三角形のカイトシールドを携えて、俺に向かってくる。


「カスナー。お前、最近派手にやってるな。……少し、相手してくれよ」


 シュテファンは、俺のロングソードの切っ先を向けてくる。俺は「ハッ」と笑って剣を構えた。


 光栄だね。主人公とやれるなんてよ。

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